塩基除去修復 (BER) | ぐうたら能無し教授の日記(坂口謙吾)

塩基除去修復 (BER)

 7 DNA修復レンチ



 あらゆる化学反応に間違いは付き物である。複製中にも間違いは発生する。DNA複製の際の“校正機能”を働かせるにはもはや遅すぎる場合も結構多い。すると次にこれを発見し治すメカがいる。いろいろ発達している。これがDNA修復反応である。極めて複雑で、ここに1章を設けないと説明が不足する。単細胞の世界でさえ、進化の展開もDNA複製よりもDNA修復の方がメカがより複雑化してより多様化している傾向にある。遺伝子の「重複→多重化→多型化→転用」と言う観点では、このDNA修復系の酵素群が果たして役割は非常に大きい。より詳しい解説が必要である。

 “校正機能”を働かせるプロセスは、塩基の相補性の間違いを正す機能だった。このプロセスが機能せず、その間違いが残存した場合、まず塩基に相補性がないとその部分の二重螺旋構造は緩くおかしくなる。よって、それを探す機能さえあれば、たちまち発見できる。しかし、“校正機能”の際の条件とは異なり、新たな修理の場合は、どっちが旧鎖でどっちが新鎖かの認識が必要になることである。間違えた方を正しいと認識したら完全な間違いが以後永久に罷り通ることになる。

 塩基のATCGのうち、シトシン(C)が大きな目印の役割を果たしている。新鎖が新たに合成されるとその中に取り込まれた(C)は暫くそのままでいるが、時間が進行するとDNAの中に入ったものだけ“メチル化”(methylated)されてメチル化シトシンになる。よって旧鎖側にはメチル化された(C)があり、新鎖には“まだ”ない。これを目印に新鎖の中の間違えた塩基部分を認識する(そこだけ二重らせんが変である)。間髪を入れず、そのゆるんだ部分の間違い塩基をアルキル化(酸化やメチル化など)又は脱アミノ化する。この化学修飾された塩基をDNAグルコシラーゼ(DNA glycosilase)と言う酵素が認識し、その塩基をデオキシリボースから外す。塩基が片側だけ無くなった部分を“APサイト”(AP-site)と呼ぶ。次にAPエンドヌクレアーゼ(AP endonuclease)と言う酵素で“APサイト”の部分(片側のDNAのみ)に切れ目を入れる。更にここにDNAポリメラーゼ(これは多種類あるので詳しくは後述する)が、5’→3’方向に少し塩基配列を剥がしながらDNAを合成し、最終的に幾つかの他の因子が参加して傷を塞いでしまう。こうして旧鎖の塩基とペアを為す正確な塩基に入れ直す(図)。この場合もDNAの傷のサイズの違いにより全く異なるタンパク性因子を用いる2つの過程がある。“Long-patch BER”と“Short-patch BER”である(図)。

 もちろん実際には、このような僅かの酵素だけ行われている訳ではなく、さらに沢山の因子が絡む。全体としてはDNA複製の際に生じた誤りの修正で、単一~5塩基対程度の対合しない部位の修復のことで、こういう直し方を“塩基除去修復”(Base Excision Repair 略してBER)と呼んでいる(図)。あるいは、ミスマッチ修復(不正対合修復、MisMatch Repair、MMR)ともいう。これらの修復機構により、複製時に発生する不正対合は100,000,000~10,000,000,000に1回程度の頻度に抑えられている。

 BERなどは複製点を過ぎてDNA複製が全て完了した後からでも起きる反応であるから、おそらく、DNA複製の間違いを修復するための最後の砦として発達したメカと思われる。実際に、このメカを司る遺伝子を破壊すると生き物は致死となり生まれてこない。生存にとって、よほど重要なメカであることを示している。

 では、この“塩基除去修復”(BER)が、生物の進化の過程で最初に出来たDNAを治す過程なのか?分子進化の研究に寄れば、多分、そうではない。生命の発生は約38億年前と考えられているが、“塩基除去修復”(BER)は約30億年くらい前に出現したと計算されている。つまり初期の頃は複製は極めて良い加減に行われていたのだろう。その時代が数億年は続いたと考えられている。

 それまではDNA修復などはなかったのか?

 そんなはずがない。DNAは外からの攻撃に非常に弱い。多くの真核生物では、実際に、1細胞あたり1日あたり50,000~500,000回の頻度でDNA傷害が発生していると言われている。もちろん多細胞生物では外からの障害を受けやすい組織と受けにくい組織があるから、これはあくまで目安である。すると、1年で約15,000,000~1,500,000,000回となる。人なら身体の中の全細胞で1年間に最大でDNAの1~2%が損傷されていることになる。そのままなら、たちまち全身が崩壊していくだろう。

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つづく