TRF4、ポリメラーゼζ、PCNA | ぐうたら能無し教授の日記(坂口謙吾)

TRF4、ポリメラーゼζ、PCNA

6-2、DNA修復因子shokopon


 この中の一つにTRF4という酵素がある。これは比較的最近報告した酵素だがショウジョウバエだからこそ出来た研究とも言える。この成分は酵母で過去に報告されていたきりのpoly Aポリメラーゼである。最初、私達はこれをDNAポリメラーゼφと言われるものを見つけたと思っていた。酵母でそう名付けられていたのである。ところが研究途上で、酵母のそれは誤りで実際にはRNAポリメラーゼ、それもpoly Aポリメラーゼである、と訂正された。私達はそのホモログとして調べていたので、当然調べ直した。やはりpoly Aポリメラーゼだった。酵母ではその後あまり詳しい研究が行われなかったせいもあり、私達のこの研究がこの方面のパイオニア研究となる。今現在非常に研究が盛んになってきたsnRNAというものがある(スプライシングやいろいろなことに関係する)。私達が見つけたTRF4は、このsnRNAの端からpoly Aを合成し、その分解に導くポリメラーゼ群であることを見つけたのである。Poly Aは分解のシグナルになる。このsnRNAの分解は、発生や生理代謝に密接に関係しており、欠くべからざる反応であることが分かった。この遺伝子の欠損は“多細胞生物”では致死になる。多細胞生物の発生と生存の一環としてpoly Aポリメラーゼが絡むことが分かった最初の報告であったのである。その後は、世界中でこのような研究の模倣が始まり喧しい。私達は手を引いた(もはや、こうなると学位申請用ではない)。こういうメカニズム型の格好良い研究はこれくらいである。

 他にもいろいろたくさんやった。ほとんどが泥臭い研究である。その研究の中で見つけたことの一つに、こういうのがある。ショウジョウバエにはDNAポリメラーゼβは存在しないが、哺乳動物のDNA修復ではβが演じるspBERらしき反応があることである。哺乳動物ではβの欠損は致死である(つまり、spBERは生存に必須であることになる)。βがないのは、極めて変だと言わざるを得ない。それだけでなく代用が可能と思われる他のXグループもない。追っかけてみた。哺乳動物では、このBERにはβだけでなくXRCC1という補助因子も必須で必要である。XRCC1-β複合体が必要なのである。そこでショウジョウバエでもXRCC1を探してみた。あった。そこでそれにつくDNAポリメラーゼ種を探してみたらζ型が取れてきたのである。ショウジョウバエではζ型がβの代用をしているのである。これは、こういう種間で変化する酵素の代用現象の最初の発見と言っても良い。かなり話題になった。更にこのXRCC1は哺乳動物のものと比較すると、Xグループのポリメラーゼとくっつくドメインがないのである。こういう現象は、このような酵素に限らず、いろいろな機会にいろいろな補助因子で観察された。

 この研究はζ—XRCC1複合体の仕事は2004年から発表していたが、2006年には分子生物学会では今年最大の発見などと言われた。まあ、最大の発見などという表現は人によって違い、この領域の人が個人的にそう思ったに過ぎないと思う。とてもじゃないが、そんな大発見とは私もこれを直接やった院生も思わなかった。哺乳動物ではかなり明らかになっているメカをショウジョウバエで見つけ、それがかなり哺乳動物とは違っていたというだけの類型話である。重要なのは、非常に厳密に役割が決まっていると信じられていた個々のDNAポリメラーゼ種の役割が、進化の過程で変化して代用(転用)されていくことがある、という事実だった。それについては誰も評価しなかった。進化の話が出てくると誰もが首を振った。「進化など講釈の世界で、厳密な実験を要求する分子生物学の世界とは異なる」という空気が非常に強く、私とは“生きる世界”が異なると感じた。

 あるいは、ショウジョウバエにはPCNA系が3種類もあることを見いだした。というよりPCNAに種類があるということ自体が問題で、今まで世界中で為されたPCNAの加わる反応(主として複製系)を全て再検証の要があることになる。植物の項で書いたようにRPAにもバラエティーがあった、そしてそれぞれの役割が非常に異なっていた。同じことが起きたのである。PCNAの多様性はキノコではスプライシングによって為されていた。しかし、ショウジョウバエでは明らかに遺伝子そのものが多様化していたのである。進化との相関を常に見ないといけない、ということがここにも現れた。その後このようなことはドンドン現れてくる。
 更に特徴的なことは、植物やキノコでも似たような実験をやっていたから、常に比較が出来るのである。そしてデータベースが簡単に利用出来るようになってくると哺乳動物の実験も開始した。この比較も可能になった。すると、別にそんなつもりでやっていた訳ではないにもかかわらず、奇妙な類似性と奇妙な違いが分かってくるである。進化の観点そのものが出てくるようになった。

 分子進化とは全く異なる世界である。分子進化には必ずホモログなどの関係がないと議論が出来ない。途切れてしまうことになる。しかし、このような機能の面から逆に探すと、遺伝子的には完全に途切れているにもかかわらず同じ機能があったりするのである。もとの遺伝子には頼らず、違う遺伝子からの転用や代用によって、新たなる進化が起きた可能性が高いのである。たぶん、この転用がなかったら進化のキッカケがなかった可能性が高い。




つづく



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