介護実践講座と交流のつどい「これからどうなる介護保険」 | 労働組合ってなにするところ?

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2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

10月10日、埼玉県社会保障推進協議会と埼玉県労働者福祉共済会主催の介護実践講座と交流のつどい「これからどうなる介護保険」に参加してきました。

今回の講演は「安心の介護保険制度にするために―2012年改定の検討内容を学ぶ」と題して、全日本民医連の林事務局次長を講師にお招きして行ないました。以下、その概要をご紹介します。


まず、介護保険制度が今どのような状況にあるかということですが、2012年度の制度改定の法案が国会に提出されようとしており、並行して団塊の世代のケアに向けた準備として、2025年までに「地域包括ケア」というものを確立する準備が進められているそうです。それらは、政府の新成長戦略、地域主権改革の一部でもあるそうです。

そうした動きの問題点を把握するために、第一に「介護保険10年」の現状を明らかにする必要があります。端的にいうと、現状は利用者にとっては「利用できない介護保険」、行政にとっては「利用させない介護保険」になっていると林さんは指摘しています。介護保険の1人当たりの利用額は、2000年で16万円であったのが、2006年には13.2万円に減少してしまったそうです。その一方で、介護保険料は上がり続けています。収入が低い人ほど要介護状態になりやすいというデータがありますが、介護保険は利用料は1割の応益負担であり、要介護度による限度額を超えると自費負担になるという壁があり、介護が必要な低所得の人ほどサービスを受けられないという仕組みになっています。そして、要介護認定も実態に合わない軽度認定が問題となっており、特に要介護1から要支援2に認定が引き下げられた場合に大幅に受けられるサービスが削減される「介護の取り上げ」が指摘されています。そのうえ、自治体によっては同居家族がいる場合に一律に家事サービスが制限されるというローカルルールが横行し、国が一律に制限してはならないという通達を出しても解消されていません。施設整備も進んでおらず、特養の待機者は42万人に上り、これは現在の入所者とほぼ同数だそうです。その一方で、たまゆらの事故で明らかになったように、低所得者や生活保護の受給者は無届の劣悪な施設でも利用せざるを得ない状況にあります。そうした介護保険の厳しい状況は家族介護者の健康悪化や、介護殺人や心中の増加となって表れています。介護労働者の処遇改善や人材確保も道半ばであり、介護労働者の収入では結婚も子育てもできないという状況が続いています。

そんな状況下で介護保険の見直しが進められている訳ですが、これらの問題を解決する方向に議論は進んでいるのでしょうか。

厚労省の社会保障制度審議会の介護保険部会は、議論の基本的な論点として、「サービス体系のあり方」と「持続可能な制度の構築」という2つの柱を設けているそうです。そして、10月中に制度見直しの基本的考え方を整理し、11月には答申を示す予定になっているそうです。答申に基づいてつくられた改定法案が2011年1月の通常国会に提出され、5月の会期末までに法案を可決し、2012年には改定法を施行するというスケジュールが計画されているそうです。

2つの柱の1つ、「持続可能な制度の構築」で議論されていることは、保険料支払い年齢の引き下げ、自己負担割合の引き上げ、給付範囲の見直し、保険外サービスとの組み合わせなど、財政の論理が先行し、実際にどのような介護サービスを利用者や家族が必要としているかという視点からの議論にはなっていないそうです。具体的には、利用者の自己負担を現行の1割から2割に上げること、サービスの種類ごとに負担率を変えること、軽度介護は保険の給付対象から除外すること、生活援助は保険外とすることなどが検討されているそうです。

2010年5月に厚労省が行なった「国民の皆様からの意見募集」結果では、「現在の介護保険サービス水準を維持するために必要な保険料の引き上げであれば、やむ得ない」という選択肢が36%の回答者に選ばれ、最も多かったそうですが、それ以外の選択肢は「現在以上に介護保険サービスを充実するために、さらに保険料が引き上げられてもやむを得ない」(14%)、「保険料を現状程度に維持することが重要であり、そのために介護サービスが削減されてもやむを得ない」(7%)、「わからない」(24%)しかなく、国の責任で介護保険サービスを充実させるつもりはないという厚労省の考え方が明白になっています。

第29回介護保険部会での議論では、要支援者等の軽度者へのサービスは制度の持続可能性確保の観点から保険給付から外し、重度者に特化すべきとの指摘があること、見守り・配食サービス、生きがい推進サービス等の要支援者、介護予防事業対象者向けのサービスは地域支援事業を活用とした総合的なサービスとして行なう枠組みを考えることなどが取り上げられたそうです。

第31回介護保険部会で議論された第5期介護保険財政において考慮すべき事項では、新たな施策の導入・拡充を行なう際は、原則としてそれに見合う安定的な財源を確保するものとする「ペイアズユーゴー原則」、つまり、新しいことをする場合には何か別の施策を削らなければならないという原則が示されたそうです。

議論の中心になっているのは、介護保険制度を今後とも持続可能な制度にするために財源のあり方を検討すべきであり、給付と負担のバランスを取るために軽度者への支援、介護予防事業、補足給付などを見直すということだそうです。

認定制度については、制度がなくなれば被保険者が希望するままに給付を受けることができるようになって介護保険が崩壊してしまうという厚労省寄りの意見と、家族の会からの認定制度の廃止を検討すべきだという意見の両論が出されているそうです。

もう1つの柱である「地域包括ケア」とは、高齢者のニーズに応じ、住宅が提供されることを基本とした上で、高齢者の生活上の安全・安心・健康を確保するために、独居や夫婦二人暮らしの高齢者世帯、あるいは認知症の方がいる世帯に対する緊急通報システム、見回り、配食等の介護保険の給付対象でないサービス、介護保険サービス、在宅の生活の質を確保するう上で必要不可欠な医療サービスの「4つ」を一体化して提供していくという考え方だそうです。これに予防も加えられています。地域包括ケアシステムを構築する単位は中学校区を標準として、人口1万人、65歳以上の高齢者は2500~3000人、要介護・要支援者は500~700人を想定しています。

地域包括ケアシステムは2025年に向けての具体化を目指しており、在宅サービスの拠点が併設された高齢者住宅を整備して在宅でのケアを基本として、施設はリハビリ中心とし、在宅サービスは24時間の短時間巡回型の訪問看護、訪問介護を中心にサービスを組み合わせてパッケージ型で提供するとしています。介護保険は身体介護、訪問介護、リハビリを重視し、軽度者はリハビリは介護保険で、家事援助など生活支援サービスは市町村が提供し、自治会、NPOなどが担うとしています。

そうした地域包括ケアシステムを推進するために日常生活圏域ニーズ調査を行なうことを検討し、秋にはガイドラインを示す予定だそうです。

地域包括ケアは、住み慣れた地域で生活し続けたいという高齢者の要求に応えるというプラス面と、新たな公費抑制システムとして機能するというマイナス面があります。現状把握が不足した状態で、机上の論理で計画されており、理念は「自己責任」で、まずは自助を基本とし、次にボランティアなどの互助、それで足りない分は介護保険などの共助により、公助は最後に用いるものとしています。ケアの標準は「自立支援型」としており、それはつまりはできるだけ公的な支援から離脱させるということです。

国にとって安上がり、公立的な方向に向かおうとしており、介護保険は限定化、重点化し、軽度から重度へ、施設から在宅にシフトし、営利化・市場化を進め、責任は自治体に持たせようとしています。そして、職能・専門性の見直しもされようとしており、医師が行なっている業務を看護師もできるようにし、さらに看護師が行なっている業務を介護福祉士もできるようにするということが進められようとしています。

そうした動きは、菅政権の下で進められている新成長戦略・地域主権改革の一部です。菅首相は「強い経済、強い財政、強い社会保障」を実現するとしていますが、つまりはそれは、企業の競争力としての「成長」に資する社会保障にしていくということです。新成長戦略の下での医療・介護・福祉は、権利ではなく「産業」として考えられています。民間事業者の参入を促進するために制度ルールの変更等と、医薬品等の海外販売、外国からの患者受け入れ、医療ツーリズムが進められようとしています。次の焦点は保育事業であり、介護保険のように要保育度認定を導入して自由契約とし、公的給付を減らして市場化を進めようとしています。

2010年6月の経済同友会の「介護保険改革提言」でも、要介護1以下は保険の対象外とすること、利用料は1割から2割にすること、ケアマネージャーの利用に自己負担を設けること、保険外サービスを拡大して介護事業者が多様で付加価値の高いサービスを提供すること、株式会社の施設参入を解禁すること、社会福祉法人への助成・優遇措置を廃止すること、施設の限度額を在宅なみにし、超えた分は自己負担とすること、道州制の下で市町村よりも広域化した基礎自治体が運営主体を担うことなどが主張されています。

このままでは、介護保険も市場化が進められ、「地域包括ケア難民」が出現し、地域格差の拡大、介護の変質を招きかねません。そうならないように、「あるべき地域包括ケア」の実現を提言し、国や自治体に働きかけ、「排除の体系」から「生存権保障の体系」へ変えていく必要があります。

給付は必要に応じて行なうという「必要充足原則」と、負担は支払い能力に応じて行なうという「応能負担原則」を確立し、「権利としての介護保険」を実現する必要があります。具体的には、保険料は応能負担として低所得者には減免を行ない、年金天引きと制裁措置を廃止し、利用料負担はゼロとするべきです。(日本がお手本にしたというドイツの介護保険では、利用料負担はゼロだそうです) 要介護認定制度は廃止し、利用者とケアマネージャーが相談してサービスを決定することとし、システム費の節約を行ないます。必要と判断されたサービスは保険から給付し、理不尽なローカルルールは無くすべきです。国の参酌標準・総量規制を撤廃し、基盤整備に対する国庫補助金の復活・拡充を行なうべきです。介護報酬は基本報酬を底上げし、労働条件の改善、専門性の発揮を可能にし、介護報酬の引き上げが利用の支障を生まないしくみにするべきです。そのためには介護保険財政構成の見直しが不可欠であり、国庫負担を少なくとも50%以上にするべきです。

しかし、そのために消費税の増税を行なうべきではないというのが林事務局次長の考え方です。その根拠として斉藤貴男氏の「消費税のカラクリ」(講談社現代新書)が紹介されました。消費税は自営業者や零細業者に壊滅的な打撃を与え、失業者を倍増させるものであり、社会保障費の大幅な膨張をもたらす税制をその財源にすることはできないというのが斉藤氏の考えです。

また、認知症の人と家族の会の高見代表は、今回の見直しは財源不足の視点からの議論が主で、利用者や家族にとって望ましい制度は何かという発想からの発言が極端に少ないということを指摘し、介護の総費用が拡大する予測がされているから利用を抑制するというのは本末転倒であり、私たちが求めるのは誰もが安心できる「高福祉」であり、それを支えるための税金、保険料、利用料などの国民の負担は、それぞれの暮らしに応じた「応分の負担」であるべきだと主張しているそうです。高見代表は、審議会の場でも「憲法25条の精神で法改定を行なうべきだ」と発言しているそうです。

利用者や家族が求める介護保険にしていくためには、国にどのような法案をつくらせるかが焦点であり、2011年の通常国会がその審議の場になります。そこへ向けて今から行動を起こしていこうということを提起し、林事務局次長の講演は締めくくられました。


以上で講演の報告を終わります。

質疑応答や交流の内容については割愛させていただきます。