心の傷と、その代償 | まあるい世界の創り方

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名古屋でワイヤーアートジュエリーの制作とレッスンをしています。美しい天然石や、創作を通して日々感じる事、私が志す『光のお志事』について綴ります。


これ以上はナイ失態@S谷です。



S谷は、常々、何かをやらかしては周囲の人に

迷惑をかけながら生きて来てしまった、と思っている。

こんな年になってまで。


それは球撞きに関してもまったく同じで、

おそらく、S谷の気付かないところで、嫌な思いをしているヒトは

たくさん、たくさん、いるのだろうと思う。


やさぐれS谷の球撞き日記-23_o
S谷は、昨日、Y原氏にこう切り出した。

「Y原氏、私、謝らなければならない事があります」


実はS谷のブレイクキュー(カルロス)は現在調子が悪く、

心優しきY原氏が、S谷に、ブレイクキューを貸してくださって

いたのでありマスタ。


でも昨日、S谷は、衝撃を受けた。

そのブレイクキューのお尻の部分に、数ミリの深い傷が、

ついてしまっていたのであります!!!!


そのブレイクキューは、「メダリストブレイク」という名の、

メジャーなキューらしいのだけれど、一点だけ他と違うのは、

これはY原氏が2009年のB級、球王戦で優勝した時の、

賞典としていただいたものだというコトなのであります。

つまり、この世に一本しかない。


S谷は、どうやって謝って良いのか、分からなかった。

ただ、発見してすぐに、状況をそのまま包み隠さず伝え、

詫びなければならない事だけはわかっていた。


Y原氏は、言った。

「直せばいいってもんじゃない。

 これは僕にとって、とても大切なキューなんだよ」

試合で入賞すらした事のないS谷には、痛いほど、良く分かった。


相撞きが終わった後、S谷はY原氏が、

多くは言わないけれど、ピリピリとしているのをとても感じた。

後で聞くと、「私、謝らなければならない事があります」

というヘラヘラした言い方も、本当に気に入らなかったらしい。



S谷はその晩、深夜の公園で、一人、

湧きあがる自責の念と戦いながら、冷静になろうと考えていた。


傷ついてしまったものは、もう直らない。

メンテナンスに出して直すという方法ももちろんあるけれど、

そういう問題ではないのダ。傷ついているのはキューだけではなく、

Y原氏のハートでもあるのだから。


同じ分だけの代償を、S谷はY原氏に対して、

何とか認めてもらわなければならない。

でなければ、彼が一生懸命戦って取った「優勝」に

傷がついたままになってしまう。


Y原氏が、満足する方法なんて、きっと、ないのだろう。

ただ、「仕方ない、許してやるよ」と言ってもらえるだけの

何かは、S谷は何としても、考えなければと思った。



公園の時計は、深夜3時を回りつつあった。

S谷は、長らく迷っていたいくつかの考えを、振り切るように

決心して、公園を出た。


そして、Y原氏に伝えた。

S谷の決心は、こうだ。


まず、なんとかそのキューを、形だけでも元の状態に戻せるよう、

努力させて欲しい。これから職を失うS谷は、給料もなくて、

自分の生活も支えて行かなければならないし、それに

反省の意味も含めて、国体が終わる9月ごろから、

平日勤務が終わった後、もしくは週末にだけでもバイトして、

その修繕費をなんとか稼ごうと思う。


それから、8月の末をもって、球撞きを辞めようと思う。

借りていたツールは、すべてお返しします。

今後、同じ球屋にいて、Y原氏の大切なキューを倒さないとも

限らない。バカなS谷は、何度でも同じミスを犯してしまうから、

根本から、その危険性を絶つには、「二度と球屋へ行かない」

というシンプルな方法が、一番良いのだろうと思う。

これで、今後、Y原氏が、二度と同じ苦痛を味わう事はない。


Y原氏は、S谷の必死の訴えに、こう返してくれた。

「わかった、それで良いよ」



S谷は、しとしと雨の降る深夜の公園で、

今まで、縁あって巡って来てくれた球撞きのツールたちの事を

一つ一つ…ずっと考えていた。


初めて上司からもらったキュー。

現状は、布団たたきに使われているという。そんなの可哀そうダ。

でも、今思う。はたして、アンドレはS谷のところへ来て、

幸福だったのだろうか。もっと、アンドレを幸福にしてくれる人は

どこか他にいたのじゃなかろうか。


自分で買った初めてのツールは、ジョイントキャップだった。

これも、10年も使っていて、バカなS谷は、うっかり落として、

雄ネジの木の一部が欠けてしまった。

床を這うようにして、破片を一生懸命に探したのだけれど、

見つからなかった。でも今も一緒にいる。大切なツールだ。


S谷は、名前を付けて、親友のように、愛しているつもりだった。

扱いが粗雑で、うっかり倒してしまうコトもあったけれど、

「アンドレ、ごめんね」とつぶやきながら、撫でた。

大切だった。


Y原氏のキューも同じだった。S谷の持ち物ではないから、

名前を付けるわけにはいかないけれど、ブレイクの構えに入る、

その瞬間には、いつも一緒に飛んでいる気持ちだった。

やっぱり、大切だった。



大切であればある程、その代償は、

大きなものでなければならないように思う。


公園で、一人、泣きながら、小指の一本でも切ってみようかと

思ったけれど、そんな事をしても、周囲をイライラさせるだけだと、

S谷は思った。どうしようもなく自分がバカで、

涙が出て、仕方なかった。


仕事、球撞き…と、最も迷惑を掛けてきたものについて、

終わりの時がやって来たのダとも思った。

いつも、いきなりやってくるところが、とてもショックなのだけれど。



とにもかくにも、S谷に残されたのは、国体だけダ。

アンドレ一本で、戦えるのかどうか、わからない。

でも、それが本当に、最初で最後のチャンスになるのダ。


自分で招いた状況を、素直に受け入れよう。

そして、精一杯やろう。それしか、できない。