ショートショート『anthology』(第二話) | 瑠璃☆の世界

瑠璃☆の世界

少しだけ心の中を表現したいのです。
ここだから言えること、書いてみます。




キミのことで、どうしても書かなければならないことがあった。




どの季節でも、楽しむ術を知っていたってこと。


春は二人で野山に出かけた。

自然が好きな僕らは、新緑の山へと足を延ばしてひたすら歩いた。

そんな時は、不思議といつもの口癖はあまり聞かれなかった。




「ねえ、キスして」




誰の目もなく、あえてスリルを楽しむ必要がないからなのか、キミはせがむことがなかった。

キスなんかより、草花と会話することに心が移っていたのかもしれない。

道端の目立たない花を、キミは愛でているように思えた。

僕もどちらかというと、都会の喧騒より、静かな山の中の方が落ち着いた。




キミは、いつも手作りのお弁当を作ってきてくれた。

僕の好みをいつの間にか把握していた鋭いキミだったから、今日は何かな?と楽しみだった。

お手拭にシート。

全部キミが用意してくれて、遠足みたいに楽しい時間だった。




山の中で、僕らはいろんな話をした。

お互いの小学校時代のエピソードや、最近の失敗談。

話が尽きることはなかった。

キミは準備万端の人なのに、どこか抜けていたことも確かだった。

お金の計算は苦手だったし、損得勘定が欠落しているくらいだった。




そんなチグハグさが、逆に僕に安心感を与えた。




冬にも寒さなど気にせずに二人で散歩をした。

遊歩道や住宅街をひたすら歩く。

目的なんかなくて、歩きながらとりとめのない話をした。

隣にキミがいるというだけで、僕はとても幸せを感じていた。

キミも同じだったということは、時折目を合わせた瞬間に感じられた。




「ねえ、手が冷たい」




キミがそう言うと、僕は合図のようにその手を両手でこすって温めた。

そして僕のコートのポケットに手を繋いだまましのばせた。





「手袋を買おうか?」


「いらないわ」


「しないの?」


「だってそうしたら、あなたに温めてもらえないもの」





その場で僕はキミを抱きしめた。

人が見ていたけれど、どうでも良かった。

僕はすでに、キミより外人になっていたのかもしれない。






続く。。。









知らなかったのですが、なにやら「キスの日」なるものがあったようで。

「ねえ、キスして」から始まるこのお話が、ちょうどリンクしたみたい!