キミのことで、どうしても書かなければならないことがあった。
どの季節でも、楽しむ術を知っていたってこと。
春は二人で野山に出かけた。
自然が好きな僕らは、新緑の山へと足を延ばしてひたすら歩いた。
そんな時は、不思議といつもの口癖はあまり聞かれなかった。
「ねえ、キスして」
誰の目もなく、あえてスリルを楽しむ必要がないからなのか、キミはせがむことがなかった。
キスなんかより、草花と会話することに心が移っていたのかもしれない。
道端の目立たない花を、キミは愛でているように思えた。
僕もどちらかというと、都会の喧騒より、静かな山の中の方が落ち着いた。
キミは、いつも手作りのお弁当を作ってきてくれた。
僕の好みをいつの間にか把握していた鋭いキミだったから、今日は何かな?と楽しみだった。
お手拭にシート。
全部キミが用意してくれて、遠足みたいに楽しい時間だった。
山の中で、僕らはいろんな話をした。
お互いの小学校時代のエピソードや、最近の失敗談。
話が尽きることはなかった。
キミは準備万端の人なのに、どこか抜けていたことも確かだった。
お金の計算は苦手だったし、損得勘定が欠落しているくらいだった。
そんなチグハグさが、逆に僕に安心感を与えた。
冬にも寒さなど気にせずに二人で散歩をした。
遊歩道や住宅街をひたすら歩く。
目的なんかなくて、歩きながらとりとめのない話をした。
隣にキミがいるというだけで、僕はとても幸せを感じていた。
キミも同じだったということは、時折目を合わせた瞬間に感じられた。
「ねえ、手が冷たい」
キミがそう言うと、僕は合図のようにその手を両手でこすって温めた。
そして僕のコートのポケットに手を繋いだまましのばせた。
「手袋を買おうか?」
「いらないわ」
「しないの?」
「だってそうしたら、あなたに温めてもらえないもの」
その場で僕はキミを抱きしめた。
人が見ていたけれど、どうでも良かった。
僕はすでに、キミより外人になっていたのかもしれない。
続く。。。
知らなかったのですが、なにやら「キスの日」なるものがあったようで。
「ねえ、キスして」から始まるこのお話が、ちょうどリンクしたみたい!