神社での不思議体験・夏の回想録 | 音と色が教える『本当のあなた』~すべては波動・周波数~

音と色が教える『本当のあなた』~すべては波動・周波数~

音と色の波動【レゾナンスセラピー推進会】代表・音叉講師。【Happy Wave Color】カラーライフクリエイター講師・営業部長。矢追純一氏『宇宙塾』卒業・霊気取得者。色や音の波動の力、不思議体験、目に見えぬ世界をシェア。音叉、カラーリーディング実施中。

こんにちは。
すっかり、半袖じゃ肌寒くなってきました。
もう秋なんですね。
毎年、感じるんですが、
夏は、あっという間に終わってしまいます。
今年の夏も色々ありましたが、印象深かった、不思議な経験をお話させて頂きます。

7月30日に、友達二人と富士山近く、河口湖にも近い、新屋山神社、に行きました。
なんでも、金運アップが日本一の神社!なんて、噂もあったりで下心もありながら(笑)






新屋山神社、本殿にある、お伺い石に、おうかがいしたことが、良い結果になる場合は、最初に持った時より、石が軽くなるという、不思議な石なんですが、友達も私も軽くなってて、嬉しい結果でした。

本殿より、さらに車で30分くらい走った山の中にある奥宮こそが、本当に、霊験あらたかな神社とのことで、
ちいさな矢印、見逃してしまいそうになりながら、参拝してきました。







奥宮は地場がゼロな場所らしく、裸足になってアーシングしたり、野外、音叉ヒーリングをその場でやってみたりしながら、楽しんできました。

やはり、地場がゼロのせいか、音叉の音が、いつもより澄んで、スキャニング(音叉を体に這うように当て、響きの悪い所から、体の悪い所を探す作業)も、すごくわかりやすかったです。

山中の小さな神社ですが、空気が凛としていて荘厳な空間。
なるほど、パワースポットになるだけあるなぁといった印象でした。

せっかく、河口湖まで来たのだからと、北口本宮・富士浅間神社にも、参拝することにしました。
こちらは、大きな鳥居と広い境内で立派な神社です。

鳥居をくぐり、長い参道を行くと綺麗な澄んだ水の流れる小川があり、それを越えると境内なのですが、何故か境内に入ると携帯のカメラが作動しなくなりました。



それで、北口本宮・富士浅間神社は↑これしか写真が無いのですが、これが境内手前の小川です。水が冷たくて大変、気持ちが良かったですよ。
(神社、本殿の写真がなくて、すみません。)

爽やかな境内で本殿を参拝してから、脇を見ると、諏訪大社の分社がありました。
そこにも、お参りして帰ろうと、手を合わせた時です。

ぐにゃっ!

と、足元がねじれるように、歪みました。
一瞬でしたが、右回りに沈むように歪み、バランスを失い、のけぞりながら、ビックリして目を開けました。
地震?と思って、両となりで手を合わす友達を見ましたが、二人は何もなかったように手を合わせていました。
私の足元だけ床がおかしいのか?と、床板を触ってみましたが、しっかりした木の感触で、先程の粘土のような歪みが起きたことが不思議でした。

この諏訪大社の分社を撮影したかったのですが、相変わらずシャッターがきれなく写真を断念して帰ってきました。

家に帰ってからも、あの歪みは、なんだったんだろう?と、気になりました。
あの、諏訪大社の分社で、起きたことは、
長野の諏訪大社、本家本元に、お参りしなさいと言う意味だろうか?と考えましたが、長野は遠いし、全国に諏訪神社として散らばってるわけだから、何処か近くの諏訪神社に行ってみようと思いました。

調べてみますと、大和市鶴間駅が一番、行きやすいとわかり、そこに行こうかと思った時に、
あ!鶴間は以前、一緒に働いてた友達が住んでるから、彼女を誘おう!と、楽しい考えがひらめきました。

ここ数年、鶴間の彼女とは1~2ヶ月に1度は必ずランチしてきましたが、今年は忙しく2月はじめにランチしたきり、半年も連絡しあってませんでした。
久々の彼女に逢おうとワクワクしながら、メールをしましたが、何故かメールが宛先不明で戻ってきました。

え?携帯を変えたのかしら?
なんでメアド変更の連絡がこないの?
半年も音沙汰ない私だったからと、もう逢いたくなくなってしまったのかしら?と、一瞬、不安になり、寂しくなりましたが…

いやいや、彼女が私を避けるわけはないと根っからのポジティブな私はすぐ不安を払いのけ、彼女に電話をしてみました。
すると電話はつながり、やはり携帯を変えたそうでした。
ただ、4月に携帯を変えたとのことで、何故、8月の今まで知らせてくれなかったかが、気にはなりましたが、そこは触れずに彼女を諏訪神社に誘いました。

彼女は、諏訪神社は氏神様として、毎年、元旦に参拝し、普段もよく行ってる場所だから、自分には珍しい場所でもないし、
せっかく半年ぶりに逢うのだから、ゆっくり話したいと言ってきました。
なんだか声が他人行儀で元気がない彼女の様子が心配になり、諏訪神社はまたするから、とにかく、すぐ逢おうと約束して電話をきりました。

電話を切ってから、メアドを知らせてこなかったのには、そっとしておいて欲しい事情があったり、なにかしらの意味があったかもしれないのに、私は図々しく電話なんかして良かったのかしら?

と、ぼんやり考えながら、ベランダで布団を干してたら、高い高い空に鶴みたいな鳥が、うちの上をクルクル回っていました。
夏の太陽が頭の真上で、そのまぶしい太陽近くであったことと、
大変に高い位置であった為に、シルエットとしてしか認識できなかったのですが、首の長さや羽の大きさから、カラスなどとは違う大きな鳥のようでした。

私のうちは川崎市内、大きな道路、尻手黒川沿いの住宅地ですから、スズメやカラスくらいは居ますが、大きな野鳥など見たことがありません。

こんなとこを、あんな大きな鳥が、しかもあんな高い位置を何故、旋回してるのかしら?と、見いってたら、
鳥は8の字を描いてから、またクルクル回り、どんどん、上空に上がっていき、太陽に入っていくように小さくなって、まぶしくて、もう目がたえられず、まばたきしたら、消えてしまいました。
不思議な光景でしたが、なんだか神々しい鳥のように感じました。

翌日、半年ぶりの彼女と逢ってみて、わかったのですが、
なんと元気だった彼女の旦那さんが、4月に急性心不全で亡くなっていました。
まだ、54歳でした。

仲良しだった私たちなのに、なんで、すぐ知らせてくれなかったの?と、言おうとしましたが、すぐ真意がわかって、言葉を飲みました。

彼女は16歳から旦那さんと付き合い、早々に結婚。三人の子供を育て上げ、結婚して30年たっても、毎日、旦那さんと一緒にお風呂に入り、背中を流し合うくらいの仲の良さでした。
子供達は巣だって、二人きりになった今は、トイプードルを我が子のように夫婦で可愛がり、よく犬連れで旅行に行くなど、大変に夫婦仲が良い夫婦でした。

一人になった彼女は、言葉で言い尽くせない深い喪失感を感じていたことでしょう。

私に連絡してこなかったのは、もう、私に逢うことはないと彼女は考えていたからです。
つまり、もう死んでしまおうかという彼女の真意が瞬時に伝わってきたから、私は言葉を飲みこみました。
深い深い、悲しみと寂しさが伝わってきて、励まさなきゃいけない私のほうが涙を抑えられないほどでした。

あまりに深い悲しみに、旦那さんのそばに行ってしまいたかった彼女は、誰とも逢いたくなかったようでしたが、
私が電話したことで、こうして久しぶりに出てこられて良かったと感謝してくれました。
私が連絡してくれなかったら、ずっと引きこもっていただろうと最後は笑ってくれました。

予期せぬ旦那さんの死という話題に、ショックと胸の痛みで、前の日の太陽に消えていった大きな鳥のことなど、すっかり忘れていましたが、
彼女に手をふり別れて、一人、帰りの電車の椅子に座った時に、

あ!あの鳥は旦那さんだ!
と、わかったのです。
あの鳥は、
うちのに電話してくれて、ありがとう。
宜しくお願いしますって、彼女の旦那さんだったんだと。

諏訪大社、分社の足元ぐにゃりも、
呼ばれたんだなぁって、わかったんです。

彼女と旦那さんは、氏神さまとして近所の諏訪神社によく行ってたわけですから、諏訪神社つながりで、私にサインを出してきたんだなぁと。
確かに、あの時に、足元ぐにゃりが無かったら、諏訪神社を調べもしなかったし、忙しさに、彼女への連絡は後回しになってたかもしれません。

亡くなっても、まだ奥さんを心配して私にサインを出してきた旦那さんの、なんと深い愛でしょう。
その思いが胸に迫り、電車内でしたが、涙が止まりませんでした。

旦那さんに頼まれた、無限の愛(八の字の意味)を受け止めて、これからは、もっと彼女を大切にしようと思いました。

後日談ですが、次に彼女に逢った時に、この諏訪神社の経緯、大きな鳥の話をしました。
貴女は笑うかもしれないけど、私は旦那さんだって思うのよ。と話したら、
彼女は泣きながら、何度もうなずいて、それは主人だと言いました。
彼女と旦那さんは互いに誕生日の月と日を合わせると「8」になるから、二人の間で大切な番号、パスワードなどは、いつも、「8」が決めごとだったと。
だから、8の字は主人のサインだと言ってました。

「勝手に一人、先に死んじゃって、私の夢にも出てこないくせに、私のこと心配してくれてるのかしらね?」と泣きながら話す彼女に、
「心配してるに決まってるでしょ!いつも見守ってるよ。心配かけないように、毎日を楽しんで生きていかなきゃあ。」と励まし、旦那さんには及ばないけど、私とも旅行しましょうと、日帰りバスの旅を提案しました。
互いに愛犬が居るので、今は、日帰りで。いつか、お婆さんになったら泊まりで旅行しようと笑いあいました。

「旦那さん、私がしっかり彼女を見てますよ。安心してくださいね。」と心の中で彼女の旦那さんに宣言しながら。

長々、読んで頂き、ありがとうございます。
これが、私の、この夏の想い出です。

人の命は明日をも知れません。
今日を精一杯楽しんで、家族、大事な友達、愛する人に、優しさや愛を示して生きていきたいものですね。

この身を失ったとしても、愛は、ずっと大切な人を思い続け、生き続ける。
まさに愛は永遠。
肉体は器に過ぎず、私たちの本質は永遠に生きる、愛なのかもしれませんね。

また、人の愛をしっかり受けとめ、願いを聞き入れる、神社は、やはり人智を越えた力の宿る場所なんだと感じました。
神様に感謝です。

それではまたぁ(^-^)/