貴腐の秘密
貴腐の秘密
ヒュー・ジョンソン著の「ワイン物語」には、前掲(拙稿シャトー・ディケムの伝説 2 こちらへ )山本博氏の推論である、シャトー・ラ・トゥール・ブランシェのドイツ人オーナー、フォックス氏がトロッケン・ベーレン・アウスレーゼを真似て作ったのではないかとの推論に対し否定的です。
ヒュー・ジョンソン氏の推論は次の通りです。
ハンガリーのトカイワインは17世紀の終わり頃には貴腐の特色で有名であった。しかし、フォックス氏の時代よりもさらに100年前から、ソーテルヌ、バルザック、ランゴン、プレニャック、ボンヌ、ランゴンの地一帯をソーテルヌと呼んでおり、これらの地では白葡萄を栽培しており、栽培品種はセミヨンであって収穫は毎年11月の終わりとの記録が少なくとも1717年から1736年までの間存在している。
ソーテルヌ一帯のセミヨン種は程度の差こそあれ、気象条件、立地条件から10月末にはボトリティス・シネレアちゃん(所謂貴腐菌)の作用を受けていた筈である。
前記記録者ベレ師(何者か不明なのですが師という表現から教会の方と思うのですが。)の記録では何度も畑を見回って「腐った葡萄」と「熟した葡萄」を区分けしたと記録されている。
「熟した葡萄」を収穫したとの記述ではないのです。現在の収穫方法では熟した葡萄のみを収穫している筈です。不必要な葡萄は放置又は畑に廃棄と思われます。「何度も畑を回って」は貴腐化した葡萄のみを何度も収穫していく、現在の収獲方法と一致しますね。「腐った葡萄」を廃棄するのであれば、「腐った葡萄」と「熟した葡萄」を区分けしたと表現する必要はない筈です。つまり「腐った葡萄」も「熟した葡萄」も収穫して各々ワインを作ったのではないでしょうか。
さらにベレ氏は、イタリアやブロヴァンス地方では、甘口ワインを造る為に葡萄の果梗をひねってなるべく長い間、ツルにぶら下げておき、熟しすぎのような状態にする、と記述している。つまり、甘口ワインの造り方について言及している。
続いてさらに、ボランという神父による1786年の書物が印刷文書として残っており、
「もし、彼らが沈黙の中へと身をひそめていることで、我らの事業(ここでは教区の意。)に何らかの害が及ぶとしても、それは沈黙を守ろうと決意した者達にとって、害を上回る益があるからなのだ。」
この謎めいた言葉は、ソーテルヌの人々は何かを隠しているのではないか。
それじゃー何を隠していたのかとなると、「腐った葡萄」から美味しい、高いワインを造って売っているんだよ。と言うことのようです。腐った葡萄から造ったワインでは商品イメージが壊れますから。
いつものことですが、話がそれます。貴腐葡萄の栽培家達は、この腐った葡萄を口にし、貴腐の状態を確かめるそうです。同様に栽培家は土の状態を確かめるために土を味わうそうです。
何かのワイン関係の本で、著者が土を舐めるはずはない。過剰な表現だと述べていましたが、私の知り合いの親は農家であり、やはり土を舐めるそうです。土を化学分析に出すといったことをしなくても、舐めれば土に不足しているものが判り必要な肥料を撒くことが出来るようです。
それだけ土に対する愛情が無ければ、とても家畜の糞尿を撒いている土を舐めることなど出来ません。
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