RoadJapan 日本の道路、昭和の旧道を巡る旅 -3ページ目

新聞記事を通して改めて、陸前高田市の「国道45号」の復興について。

3月14日まで開催させていただいている写真展の記事が、新聞に出ました。

「【震災3年】「道」が伝える大震災と被災地の現在
上尾の写真家が撮影 さいたま市で東北3県写真展  - MSN産経ニュース」


自分が東日本大震災以降、そしてこれからも
東北の道路を撮り続けることを決めたきっかけが
記事に書かれております。
お読みいただけましたら幸いです。

・・・

自分はこの写真展を通して、改めて、

「国道45号は、甚大な津波被害を踏まえ、
 同じ災害を繰り返さないために、安全第一で再建されるべきである。
 それが確実な復興と、末永く続く繁栄に繋がる。」

その信念を、再確認しました。

・・・

その信念を得たのは、震災前に出会った
幾つかの旧道の旅がきっかけとなりました。

福井県の国道305号、玉川トンネル旧道
北海道の国道229号、豊浜トンネル旧道と、有珠山麓の国道230号旧道
岩手県の国道342号、祭畤大橋旧道です。

国道342号と国道230号の一部は
災害遺構として現在も保存されています。

玉川トンネルと豊浜トンネルの旧道は
景観と決別し、安全第一の道路となったことは
その後の道路建設にも、大きな影響を与えました。

玉川トンネルの旧道では、15名の犠牲者を出した崩壊事故の20年後にも、
通行止めとなった国道で再び大崩壊が発生しています。



今、上記の写真の道路は、大きく崩壊しています。

「災害を踏まえて
繰り返さないように作り直す。」

問題を紐解けば、シンプル結論が導き出されます。

・・・

しかし、
東日本大震災という災害は
被害があまりに大きすぎるため、
「シンプルな結論は通用しない」といっても過言ではありません。

全てを叶えていたら年月がかかりすぎる。
多くの人の同意がとれない。

そして、全てを安全な高台に移すのは、
困難なことでもあります。

今後予想される大きな災害を考えると
津波以上に、集中豪雨による土砂災害は重要視されるすべきでしょう。


・・・


ゆえに、ある程度は仕方がない、
と言いざるを得ないかもしれません。

しかし、全てを高台に移せなくても、

「津波を見て、車を乗り捨て駆け出せば
 高台まで逃げることが間に合う場所に、国道と街があること。」

 
これが、復興される道路が、最小限叶えるべき条件だと思います。

しかし陸前高田市では、それすらそれが叶わない場所に
国道が再建されることが決定しております。

陸前高田市において国道45号は、
現在と全く同じ、高台から遠い位置に国道が再建されます。


大きな地図で見る


これはいくらなんでも、見直されるべきではないでしょうか?

大事なことは2回言います。

「津波を見て、車を乗り捨て駆け出せば
 高台まで逃げることが間に合う場所に、国道と街があること。」

この条件を満たせる場所に、国道を再建すべきです。



・・・


上記の拙い文章ですが、後ほど情報を補足したいと思います。
また「国道45号陸前高田市 七夕まつりの旧道」についても、連載を再開します。



最後になりましたが、日頃から口下手で恐縮な自分ですが、
写真集「道だけが残った、その先に」もお読みいただき、
丹念に取材いただいた記者、川峯千尋様
支えてくれる道路仲間、ドボク仲間に、
そしてRoadJapanの読者様に、深く感謝いたします。

RoadJapanのがなあつし、初の写真展のお知らせ

告知です。



Facebookページはこちら!

コクーン新都心 東北復興応援キャンペーン~自分たちに出来ることから~


にて、AidTakataさまのお声がけで、イベント内で写真展をすることになりました。


のがなあつし、初の写真展です。

テーマは2013年8月に発売しました
道だけが残った、その先に」が原点でありますが、
その後、引き続き東北を訪れた際の写真も、多数入れております。

2年後と、3年後では、また伝えたいメッセージも変わってきます。
丹誠込めて、丁寧に、撮り、選び、伝えさせていただきます。

○場所は
埼玉県大宮市
ショッピングモール、コクーン新都心です

さいたま新都心駅東口すぐ駅前の1階です。


○時は
2014年3月1日(土)~14日(金) 10:00~21:00まで 

平日でも営業時間内は常に展示されておりますので、
お好きな時間にご覧いただけます。

なお、
3月1日(土)は16:00まで。
3月2日(日)、8日(土)、9日(日)は自分が朝から終日会場に居る予定ですので
お会いできそうな方は是非お会いできたら嬉しいです!


自分に出来るといえば些細なものですが
引き続き、出来る活動を続けていきたいです。


速報:津波到達水位から、国道45号旧道を見ました

陸前高田 国道45号 旧道

東日本大震災の月命日から2日が経過した、3月13日。
震災から2年10ヶ月が経過した陸前高田。

・・・

この日、「道だけが残った、その先に」の表紙にあったあのビルに
許可を受けて、登らせてもらうことになりました。

待ち合わせの時間は14時。
風は強く冷たかったですが、雲のカタチがとても良い晴天でした。

屋上に持ち込んだカメラは一台だけ。
写真集で最も使ったSIGMAの8-16mmというレンズが、
意外に逆光にも強いことが分かりました。

ただ、フレアが全く出ない構図に囚われすぎてしまったかもしれません。
とても冷静ではいられなかったゆえに、広角端を使いすぎてしまったかもしれません。

・・・

陸前高田 国道45号 旧道
ビルの窓から見えた景色は
今、この地でしか見れないものだと思います。

営業時は商品でいっぱいで、窓の景色は見えなかったそうです。


陸前高田 国道45号 旧道
建物の造りは良好で、放置であっても30年はもつそうです。


・・・

自分は、展望台に改装するには最適な建物だと思いました。
その目的は「大津波では”ここまで波が来る”ことを知ってもらうため。」です。

陸前高田 国道45号 旧道
多くの人にとって、普通の人にとって
この場所は「この高さまで来れば安心」と思える場所だと思います。

陸前高田 国道45号 旧道
しかし、そうでなかったのです。
一人でも多くの人に知ってほしい。

陸前高田 国道45号 旧道
津波は、ここまで来ました。

速報:陸前高田の復興ドボクが凄い!

だたいま、陸前高田にいます。


陸前高田といえば、一本松のことはご存知かと思いますが
今、一本松を見に行くと、このようなものを見ることができます。

(クリックで大きな写真を表示します)

陸前高田 復興 ドボク
建造中の、吊り橋!!

道路?いえ、また国道45号の位置は完全には決定しておりません。
ゆえに、新しい橋の工事は未着手。

気仙大橋は未だに仮橋、ヒロセのプレガーターです。

陸前高田 復興 ドボク
では、道路でなくて、何の橋かといいますと
橋の繋がる先にヒントがあります。


これは、鉄橋、でなく、鉱山で見るような…。

陸前高田 復興 ドボク
反対側を見ると、答えは、これです。
向こうの山から、嵩上げするための土砂を運ぶための橋だそうです。

陸前高田 復興 ドボク
これは、完成した姿を早く見たい!

ドボク家必見の「ドボク」になることは間違いないでしょう。

・・・

そして、定位置へ。

陸前高田 復興 ドボク
ここから見る旧道の姿は、摩耗しただけで、センターラインも、そのままです。

陸前高田 復興 ドボク
国道45号の跨線橋の橋脚は解体されましたが、旧道の跨線橋は、まだ残っていました。
路肩の斜面が整えられ、もしかしたら、保存されるのかもしれません。

後日、確認してみたいと思います。


陸前高田 復興 ドボク
今、とある計画を練っております。

年末までに、公開できる予定です。

新作写真集のお知らせと、RoadJapan第二章スタートのお知らせ

国道162号 廃道 旧道

新しいブログで「国道162号廃道 笠峠」の連載をしておりました。最終回まで25回の連載となっておりますのでご覧いただければと思います。
国道162号廃道「笠峠」







現在、新しい写真集を作るため、写真を撮りつつ、構成を練っております。
題名は「街並みは、夜輝く」になる予定です。

収録予定の写真を何枚か紹介します。

RoadJapan 日本の道路、昭和の旧道を巡る旅-街並みは、夜輝く
静岡県静岡市、すずらん通り

RoadJapan 日本の道路、昭和の旧道を巡る旅-街並みは、夜輝く
新潟駅、万代口バスターミナル

RoadJapan 日本の道路、昭和の旧道を巡る旅-街並みは、夜輝く
都留市駅前通り

旧道沿いに並ぶ商店街の、夜景の写真集になります。
徐々に失われつつも、偉大な役割を果たした地域の拠点。
その輝きを、是非伝えたいと考えています。

進捗としましては、年末のコミックマーケットまでに
発売出来る可能性が見えてきたところです。





現在、アメブロにある当RoadJapanは、引き続き更新を休止するつもりです。
陸前高田の連載につきましては来年の七夕よりは早い時期に、必ず完結させます。
そしてまた来年の七夕にて、再訪したいと思います。