自衛隊が好きになる話~隊員意識格差~ | たつまき脳髄液

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命の恩人に憧れて


平成7年1月17日午前5時46分。当時、小学3年生だった陸上自衛隊第3特殊武器防護隊所属の安藤良平陸士長(22)=兵庫県伊丹市=は、神戸市兵庫区中道通で被災した。自宅のあった3階建てのマンションは全壊。中道地区は倒壊家屋が多く、犠牲者は70人以上に及んだ。
ビニールシートと木材で校庭に建てられた仮の住まいで約3カ月間、避難生活を送った。その間、相手をしてくれたのは、避難所を毎日訪れる若い自衛隊員だった。
隊員はときに遊び相手になり、話し相手になってくれた。来るのは昼過ぎの給水時間。生活再建の悩みなどで重苦しい雰囲気の避難所で、隊員は優しく、頼もしい「お兄ちゃん役」だった。
(震災)発生直後、政弘さん(父)ら3人は外に飛び出したが、安藤さんだけが室内に取り残され
た。そのとき、駆け付けた隊員が、かすかに聞こえる声を頼りに安藤さんを助け出したという。
苦しい時に手を差し伸べてくれる頼もしい人-。避難所の優しいお兄ちゃんと命の恩人がひとつに重なったとき、安藤さんは自衛隊員になると誓った。

震災から間もなく13年。うれしい知らせも届いた。救出してくれた隊員が見つかり、16日午後、自宅跡地で再会するという。そのとき、こう伝えたいと思っている。


「あなたと同じ自衛官になりました」

全文

↓産経ニュース(MSNニュース)

http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/080111/dst0801112205005-n1.htm

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私は

【尊敬する人、憧れる人との再会】

【大戦の生き残り達が別れ際に交わす敬礼】

なんかに無条件で感動してしまいます。

素敵な話ですね。


しかし崇高な志を持った若者だ…

先日も書きました自分ではない何かの為に働く人は力強い。


また、自衛隊というと不祥事が目立ち際立った活躍が目立たないと思っている人もたくさんいると思いますが、吉田茂さんの言葉を聴いてみてください。

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吉田茂 (昭和32年2月、防衛大学第1回卒業式にて)


君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。
きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。
しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、 国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。
言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。
どうか、耐えてもらいたい。

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古き良き日本を思い出します。


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