【以下はFBに書いたものを加筆して転記しています。】


 時折、「関税自主権を失わしめるTPPには反対しよう。」という議論を聞きます。明治時代の日本が列強に抑え込まれていた時代の用語を使って、今更どうするのだろうと思っていましたが、意外に大学教授等からもこういう発言が出るので驚きました。


 これは「関税自主権」という言葉から何を導き出すかによって全然違います。「関税を『無条件に』設定できる権利」という考え方であれば、TPPは「関税自主権」を損なわせるものです。ただ、現在の通商ルールの中でそんな権利を持っている国は世界にありません。


 通商ルールの世界には「バインド」という概念があります。これは、一度約束した自由化を逆行させないために「これ以上関税をあげることはしません」という関税の上限を設定し縛る(バインドする)ことです。これまでのGATT・WTO各種通商交渉では、世界の国々がお互いにこの関税をバインドすることで交渉が進んできました。


 世界中の大半の国が、国際交渉の結果、自分の国の関税率をバインドしています。日本は少なくとも鉱工業品では非常に開かれている国で、関税率ゼロでバインドしている品目が非常にたくさんあります。これらの品目については、現在の条約関係の中では関税を賦課することが出来ません。もし、関税を賦課したければ、その品目が今ゼロでバインドしている関税率を上げる交渉をしなくてはなりません。それは通常「対価」を求められます(例えば、他の品目で関税を下げろとか。)。


 TPPでやっているのは、それと同じことです。何故TPPだけが「関税自主権喪失」になるのでしょうか。TPP(というかFTA全般)が特徴的だとすれば、関税率がゼロでバインドする品目の比率が高くなりそうだということくらいです。ただ、それは「そもそも、自由貿易協定というのはそういうもの。」としか言いようがありません。


 もし、TPP絡みで「関税自主権喪失」の話をしたいのであれば、可能性は2つです。一つ目は「これまでの通商交渉で行った自由化コミットメントはすべておかしい。WTOは脱退、すべてのEPAは破棄せよ。」と言うことです。結構勇気の要ることだと思います。もう一つは「そういうゼロバインドの比率の高いTPPはダメだ。」ということですが、それは「関税自主権」の問題ではなく、「日本の自由貿易政策」の問題であって、「関税自主権」という単語を使いながら語るべきものではありません。


 通商交渉の基礎知識がある方であれば、こういう議論が成立しないことは分かっているはずです。それでも「関税自主権」という言葉を使って話すのは、単なる「放火魔」でしかありません。


【以下はテクニカルなので、読み飛ばしていただいても構いません。単なる個人的な備忘録です。】

 ところで、日本は国際的にバインドした関税率よりも、更に日本の自主的措置として関税を下げているケースが結構あります。牛肉、豚肉、水産物といった品目です。


 自主的に関税割当を実施している品目もあります。具体的な品目は忘れましたが、たしか麦芽とかコーンスターチ用とうもろこしみたいな、昔から関税割当を実施している品目はそうだったような記憶があります。


 イメージとしては、ある品目で国際的にバインドした関税率が50%としましょう。それであれば、普通は50%の関税を賦課すればいいのですけど、日本の自主的な措置として、10万トン分だけは関税率0%で輸入するというかたちにしてある品目があります。


 こういう品目は、(公式的な)国際交渉をしなくても、日本の国内法改正で、その0%で輸入している10万トン分も、関税を50%まで上げることは可能です(勿論、実質的には国際交渉的なことはやるのですけども、少なくとも条約改正交渉はしなくてもいいです。)。


 この件、あまり言いたがりませんけどね、お役所は。国内の関係者の関税上げ要求に火を付けるおそれがあるので。