(要旨)

・ TPPは別に特殊でもなんでもない。特殊なのはアメリカ。

・ アメリカの関税撤廃の主張は、細部はともかくとして国際ルール整合的ではある。ただ、日本の主張も国際ルールに沿う最大限の努力をしている。

・ FTAに関する国際ルールは時代に即していない。

・ アメリカの主張から「自由貿易」の理念系が減った。

・ 交渉は「Nothing is agreed until everything is agreed」。ちゃぶ台返しを恐れるな。

・ シェールガスの確保のためにはTPPが必要。


(本文)

 TPPの将来について少しだけ思い出したことがあったので、もうちょっとだけお付き合いください。


● TPPなんて、その性質上、FTAの一つに過ぎない。

 国際法的に見れば、TPPは自由貿易協定(FTA)の一つです。日本がこれまで締結してきた数多くのFTAと何ら変わりありません。WTO協定がこういうFTAを規律するルールを作っていますけども、勿論、TPPにもそれが適用されますし、それ以外の特別なルールはありません。


 これまでのFTAと異なって特徴的なことがあるとすれば2つです。(1) 二国間FTAではないこと、(2) アメリカが主たる相手になること、これだけです。


 (1)については「そりゃ、そんなものだってあるさ。」の世界です。別におかしなことでもなんでもありません。ただ、前回も書いたとおり、一対一の線でなく、面で繰り広げられるFTAであることの特質(前回は原産地規則を挙げました)はもっと議論されていいかと思います。


 と考えると、結局(2)に集約するのです。昔から言っていますけど、「TPPが特殊なのではない。アメリカが特殊なのだ。」ということです。別にTPPという協定のストラクチャー自体は普通のものです。そして、アメリカの特殊性をもう少しブレークダウンすると、「日本との関係が(安保等も含め)極めて深い」、「押しが強い」、そして「過去にも嫌な思いをしてきた」ということになります。


● アメリカの関税での対日本要求は(おかしなものも多いが)基本的なところは国際ルール通り。

 こういうことを言うと極めて厳しい御批判があることを承知で言えば、上記で書いたFTAを規律するGATTのルールは以下のようなものです。


【GATT24条】

8.この協定の適用上、

(略)

(b) 自由貿易地域とは、関税その他の制限的通商規則(中略)がその構成地域の原産の産品の構成地域間における実質上のすべての貿易について廃止されている二以上の関税地域の集団をいう。


 甘利大臣に、「TPPはこの原則に沿って交渉していますね。」と質問すれば、絶対に「そうです。」と答えが返って来ます。このGATT24条8を否定することが出来る政府関係者はいません。


 今、一生懸命に粘っているのは、「実質上の(substantially)」という文言解釈のところになります。「実質上の」ということは例外がある、という類推をして、そこから例外を認めさせるというのが、国際法から見た今回のTPPでの関税交渉です。


 それをアメリカは狭く解してきているだけです。言いにくいですけど、それは解釈上は間違ってはいません。そして、日本はこの「実質上の」から類推できる余地を広く取りたい、これも条約解釈上は大いにあり得ることです。


 個人的な感覚では、日本も関税撤廃率95%くらいまでは頑張ってほしいと思いますけどね(今、どの程度のオファーをしているのか分かりませんので、実務担当者的には「とんでもない」ということになるかもしれませんが。)。強い効果のあるセーフガードを付けて、事実上の関税割当的にするという裏技も駆使できます。言いかえると、上記の「実質上の」から導かれる例外を5%以下に抑えるということです。なお、対EUでも、対中国でもそれ以上のリクエストは必ず来ます。


 ただし、一定の撤廃率以上は、中山間地と離島の多い日本の農業環境的には撤廃が絶対に出来ないのです。絶対出来ないものについては、毅然と蹴飛ばせばいいだけです。


● ただ、このGATTルールは時代に即していない。

 実は上記のGATT24条8は、元々何を想定していたかというと、私の理解するところでは「ベネルクス三国」の経済統合みたいなものです。


 GATTの規定では、関税は一国に対して下げるとすべての国にそれを適用しなくてはならないという最恵国待遇というのが基本です。ただ、経済規模が小さいベネルクス三国でそれをやってしまうと、オランダがご近所のようなルクセンブルグに対して関税を撤廃すると、それを日本にまで適用しなくてはいけないとなるのは、経済政策上不都合が生じるので、「実質的に貿易の障壁が全くないところまで経済が統合しているのであれば、その相手だけに関税を下げるという、最恵国待遇の例外を認めてもいいですよ。」ということで設けられたのがGATT24条8の規定です。


 全然、今のFTA華やかなりし時代など想定していなかった規定です。ただ、時代が変わり、WTOドーハラウンド交渉が動かない中、最恵国待遇での関税下げが全く進まなくなり、世界のパラダイムはFTAの方に移ってきました。そこに適用されているのは、「ベネルクス三国」の経済統合のようなものを前提としたGATTルールなのです。


 知的エクササイズとして、(1) GATT・WTOにおける最恵国待遇による自由化の仕組みがこれ以上進まない(それは望ましいことではありませんが)、(2) 世界の経済大国同士が締結する自由貿易協定、という前提を置いて、今のGATT24条に代わる新たなルールのあり方を考えてもいいのかなという気がします。それが世界的に受け入れられるかどうかはともかくとして。


● アメリカの主張から理念系が減ってきた。

 昔からアメリカの要求というのは強引でして、橋本通産相・カンター通商代表の自動車協議の時代もそうでした。橋本大臣が「管理貿易」にならないように一言一句詰めていった結果、最後は通訳の方がギブアップしてしまったという話を思い出します。ただ、出来た文章 を見てみると、日本政府としての数値目標へのコミットメントを徹底的に下げています。両論併記で、「アメリカが勝手に言った」だけの部分もあります。更に前には、田中角栄通産大臣時代の繊維問題なども想起されます。


 ただ、感覚的なものかもしれませんが、アメリカはそれでももう少し「自由貿易」の理念を語っていたような気がするのです。最近のアメリカは理念系すら語らなくなって、雇用、市場シェア増大のためになりふり構わずやってきたな、という実感を持っています。自動車の関税協議で、アメ車が日本で売れなければ対日本車関税撤廃の期限を遅らせる、なんてこっぱずかしい議論をアメリカから聞くとは思いませんでした。


● "Nothing is agreed until everything is agreed"の原則を貫け。

 簡単に言い換えると、「交渉は一つのパッケージ」ということです。最終的に纏まるまでは何も纏まっていないのです。フロマン通商代表は、それがプラスになると思えば、どんどんちゃぶ台をひっくり返してきます。こっちも時には(計算された)ちゃぶ台返しはやってもいいでしょう。新しい論点を提起するのもありです。


 少しクールダウンするわけですから、もう一度冷静に得失を見直して、押すところ、収めるところを整理し直すといいでしょう。日本人の感覚からすると、「ちゃぶ台返しはやっちゃいけないかな。」と思いがちですが、相手はジャイアンです。こちらも星一徹くらいの強面でいいはずです。


● シェールガスのことも考えよう。

 TPPに反対する方は、原発反対である方と正の相関性があるような気がします。そして、原発反対の方が注目するエネルギーとして、シェールガスがあります。このシェールガスとTPPは密接な関係があります。


 今、アメリカの国内法では、シェールガスの輸出は個別の認可制です。ただし、FTAを締結している国への輸出はその手続きがきわめて簡略化されます。事実上、自動的に輸出できるというふうに見ていいでしょう。シェールガスがどの程度将来性があるかは、まだまだ議論のあるところですけども、実はシェールガスに期待するのであれば、TPPを推進しようという結論にしかなりません。見逃されがちですけども、韓国にはシェールガスが自由に輸出できるけど、日本にはそうではない、という現実があり、その違いはFTA(ここではTPP)の有無であるということです。


 今日はどちらかと言えば、TPPの将来というよりも、日本の通商政策の将来でしたね。小難しいところはお詫びいたします。