先のエントリーの最後に捨て台詞のように書きましたが、TPPの農業市場アクセス交渉で、日本が(珍しく)オーストラリアと協力して、アメリカの輸出信用を叩いています。良いアプローチだと思います。


 一般的に、輸出に対する補助金というのは貿易歪曲性が最も高い政策とされます。私も昔、外務省の試験勉強の時に読んだ国際貿易の本でそう学びました。比較優位の原則を根本的に覆すわけですから、たしかにそうだと思います。


 これを露骨にやっていたのがEU。ガット・ウルグアイラウンドで大揉めに揉めたのは、日本ではコメでしたが、世界的にはEUの輸出補助金でした。かなりの削減をEUは約束させられましたが、それでもまだまだ残っています。今のドーハ・ラウンド交渉では、「いつ」全廃するかという方向で議論が進んでいました(が滞っています。)。


 ただ、EUも負けてはいませんで、アメリカの輸出に対する信用(クレジット)を攻めていました。輸出に対して、補助金を付けるのも、条件の良いクレジットを与えるのも効果としては同じでして、「市場金利よりも低いクレジットは輸出補助金」、「クレジットの返済期間を長く設ける場合も輸出補助金」といった論調で攻め立てていました。


 まあ、どっちもどっちなのですが、今回、このTPPで日豪連携(というか、アメリカ以外のすべての参加国が輸出信用について反対している)は論理的に見ても良い論点なのです。時に日本が農業であれこれ言うと「単なる自国産業保護だ」と批判されることが多いのですが、この輸出補助金や輸出信用を攻め立てるのは正当な取組です(それ以外のものが正当でないと言っているわけではありません。)。


 というのも、例えば、アメリカのコメ農家がコメを輸出するのに、好条件のクレジットが付いていれば、日本のコメ農家との競争条件がダイレクトに歪められます。輸出する側はバンバン輸出価格を下げるための政策を打ち放題なのに、それに対抗する日本側は関税を全廃しろというのはおかしな話です。なので、「輸出信用で補助金的効果があるものを止めない限り、関税交渉で全廃を求めるのは受け入れられない。」というのは正しいのです。


 理屈として正しいのですから、これはどんどんやればいいと思います。ただし、難しいところが2点ほどあります。


 1つ目は、日本の国内補助金や支持政策に波及しないかということです。アメリカから、「そんなこと言うのなら、国内補助金だって貿易を歪曲しているではないか。日本の農業補助金もどうにかしろ。」と反撃が来る可能性があります。これも論理的には正しいです。だから、WTOで農業交渉をやる時は、市場アクセス(関税等)、国内支持(国内の補助金や支持政策)、輸出補助金の3枠立てで交渉するのです。ただ、交渉の雰囲気として、そこまで行く事はないでしょう。日本の国内補助金や支持政策はあくまでも外に攻め出していく要素はありません。輸出補助金は、輸出価格を圧縮してから他国に攻め込んでいくツールですから、その筋の悪さは比ではありません。


 2つ目は、アメリカからすると「輸出信用は別にTPP諸国のみに向けられたものではなく、貿易全体に関するもの。EUが輸出補助金を残している中、うちだけ止めろというのはおかしい。」という気持ちになっているでしょう。EUは輸出補助金をかなり削減してきていますが、特に家禽モノについては相当にフランス農家あたりが撤廃に反対をしています。昔から書いていますが、この部分がWTOみたいな世界の大多数の国が入っている交渉と、TPPみたいな限られた国による交渉の違いでして、補助金政策というのは世界全体に波及するので、一部の国だけで交渉する時に削減、撤廃をコミットしにくいのです。


 多分、実務上、TPP関係国への輸出分にだけ、輸出補助金的効果のある輸出信用はやらないというふうには出来ないのだと思います。そこまで細かく仕分けした上で、信用を付ける、付けないとやっていると行政実務も現場も大混乱するでしょう。しかも、アメリカ政府は議会との関係で、おいそれと輸出信用に手を付けることが出来るとも思えません。そんなことをしたら、政権が瓦解します。


 ただ、それでも正論は正論として言い続けるべきです。アメリカ側の事情など考慮する必要は一切ありません。「EUが輸出補助金を残しているから、アメリカもやれない。」、そんなことは日本には関係ありません。「おたくが補助金効果のある輸出信用をやっている内は、うちも関税撤廃などコミット出来るわけないではないか。」という理屈に説得力ある返事が来ることはないでしょう。


 そんなものです、国際貿易交渉とは。どんどんやっていくべきです。