いつも、貴重なご指摘をいただいている「まるいち」さんから、TPP交渉について、コメント欄で「ブルネイで日本政府が業界団体向けに開いた説明会で、農業団体から市場アクセスは農産物と鉱工業品をわけて交渉すべきだ、という意見があった」との話がありました。


 これは難しいテーマです。農業の特質をどう考えるかということだと思います。農業に固有の事情があるから、農業経済学という分野が成り立つわけです。一般的に言われるのは、自然を相手にしており予測不可能性が高い、生産要素である土地は移転できない、規模の経済が働きやすい、産品の価格弾力性が高い、といったものです。その他にも農業には多面的機能があるということもよく言われます。例えば、私も多面的機能の保全については補助金政策の中で対応すべきところがあると思います。また、日本のように中山間地での農業が多いところでは、市場アクセスでの保護のみならず、補助金政策に依拠しないと産業としての存立に関わるということになります


 実はWTOでは農業については、鉱工業品とは分けて交渉が行われます。農業委員会という委員会が立っております。何故、そうなったかというと、GATT時代からの色々な事情があるのですけど、簡単に言えば「補助金を議題としている」ということがあると思います。WTOでは市場アクセス、国内支持(補助金や価格支持)、輸出補助金の3つの項目で議論が行われています。


 歴史的に、公正な貿易体制を構築するためには関税の自由化のみならず、国内支持や輸出補助金についても取り組まないとダメだということです。特に米やECがジャブジャブに貿易歪曲的な補助金を出していることが、世界の貿易を歪めているということがあります(米とECはお互いに非難しあいますけど)。特にEUが出している輸出補助金は、ダイレクトに貿易歪曲効果があります。


 現在のルールは、貿易歪曲効果のある国内支持については削減、輸出補助金についても大幅削減というものです。ドーハ・ラウンド交渉では、輸出補助金の廃止について相当に踏み込みましたけど、結局妥結していません。なお、鉱工業品では、別途「補助金及び相殺措置に関する協定」というものがあり、そもそも輸出補助金は禁止されており、それ以外の補助金については相殺措置の対象となるということになっています。


 逆に言うと、国内支持や輸出補助金について議論しないのであれば、残るは市場アクセスだけであり、それは他の鉱工業品と別に分けて議論する必要がないという理屈になります。だから、TPPでは市場アクセス分野(関税等)は纏めてやっているのです。


 何故、TPPで国内支持や輸出補助金について議論しないのかというと、一部の国だけでやっている協定で補助金を削減するというのは、削減する国からすると「損」だし、世界全体で見ても「効果が薄い」のです。補助金が貿易歪曲的であるのなら、世界全体で下げる努力をしないと効果は限定的でしょう。具体的に言うと、アメリカの立場に立てば「EUが補助金を削減しないのに、うちがTPPで一方的に下げる道理はない」ということです。


 実はここにWTOの意義があるのですね。世界の農業貿易を公正なものにしようとすると、補助金政策に取り組まないと意味がないのですけど、それが出来るのは一部の国の自由貿易協定ではないのです。したがって、自由貿易協定が今、百花繚乱となる中、それで世界の貿易体制はいいのかというとそうではないのだという視座を持つことはとても大事なはずです。


 TPP等で市場アクセスばかりが注目されると忘れられがちなんですけどね、このテーマ。