今回の香港活動家による尖閣上陸事案について、私は最初から最後まで幾許かの違和感が拭えないことがありました。それは「何故、出入国管理及び難民認定法でしか対応できないのだ。」ということと、それに伴い「事柄の大きさに比べて、対応が少し弱いのではないか。」ということです。この点、あまり論じている人がいないので、少し説明しておきます。


 まず、前提ですが、今回の事案については出入国管理及び難民認定法の規定による司法警察権での対応ということになっているそうです。海上保安庁法における行政警察権による対応ではないそうです(一見大したいことない話に聞こえますが、結構大きいのです。ただし、ここでは触れません。)。そして、同法では外国人の入国についてこんな規定になっています。


【出入国管理及び難民認定法第三条】

次の各号のいずれかに該当する外国人は、本邦に入つてはならない。
一 有効な旅券を所持しない者(有効な乗員手帳を所持する乗員を除く。)
二 入国審査官から上陸許可の証印若しくは第九条第四項の規定による記録又は上陸の許可(以下「上陸の許可等」という。)を受けないで本邦に上陸する目的を有する者(前号に掲げる者を除く。)


【同法第七十条】

次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はその懲役若しくは禁錮及び罰金を併科する。
一  第三条の規定に違反して本邦に入つた者
二  入国審査官から上陸の許可等を受けないで本邦に上陸した者
(略)


 したがって、仮に海上保安官が海上で立入検査をした際、香港活動家が有効な旅券を持っていた場合、あまり対応できないのです。あとは上陸する際に許可を持っているかどうかということになるわけで、その場では対応が限定的になってしまいます。しかも、今回のケースでは旅券の確認は上陸後にしかできませんでした。いずれにせよ、この法に基づいて対応する限りは確実に違法性が認定できるのは(海上保安官が相手の船に飛び乗って確認することでもしない限りは)上陸した後に旅券がない、あるいは上陸許可がないことを確認することができた段階でしかありません。それまでは、あくまでも「違法のおそれ」でしかありません。ちょっと違法の認定の段階がワンテンポか、ツーテンポくらい遅いという印象を持ちます。


 しかも、量刑はたったの三年以下の懲役です。これは犯罪としては軽微な方に入ってしまいます。一般的に失われる法益の度合いに応じて量刑は定められていますから、今回、これだけ大きな事案であったにもかかわらず、国内法制上、損なわれたとされる法益はとても小さなものだと理解されていたことになります。


 ちょっと話が飛びますが、今回、海上保安庁は荒天の中、かなり頑張りました。放水規制、接舷規制とありとあらゆることをして止めようとしているわけです。接舷規制というとイメージが湧かないかもしれませんが、ガンガン船をぶつけて進路を変えさせるということです。荒れた海の中で海上保安官は頑張ったと思います。しかし、それでもああいうことが生じたというのは接舷規制のツールだけでは不十分だったのではないかという疑問が出てきます。まあ、接舷規制を超えてやれることというのは武器の使用ということになります。


 では、今回武器の使用が出来なかったのかと言えば、海上保安庁としては「出来なかった」という結論になります。それは何故かと言うと、海上保安庁法では武器の使用は警職法第七条の武器の使用を準用することになっています。ここで上記に書いた量刑の低さというのが引っかかるようになります。


【海上保安庁法第二十条】

海上保安官及び海上保安官補の武器の使用については、警察官職務執行法 (昭和二十三年法律第百三十六号)第七条の規定を準用する。


【警察官職務執行法第七条】

警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。但し、刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十六条(正当防衛)若しくは同法第三十七条(緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。
一  死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。
二  逮捕状により逮捕する際又は勾引状若しくは勾留状を執行する際その本人がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。


 まず、「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において」という規定の読み方として、長期三年でしかない犯罪の対応に武器を使うことが正当化されにくいということがあるでしょう。


 しかも、人に危害を加える形での武器の使用は、この条では(1)正当防衛、(2)緊急避難、(3)懲役・禁固3年以上の重大犯罪を犯した、若しくは犯した疑いのある者が抵抗・逃亡する際にそれを防ぐためにやむを得ず行う武器使用、(4)逮捕・拘留状を執行される者が執行時に抵抗・逃亡した際にそれを防ぐためにやむを得ず行う武器使用の4類型が書いてありますが、(1)、(2)、(4)は事柄の性質上あり得ず、また、(3)についても量刑が軽いために該当しないということになります。したがって、仮に武器使用が認められたとしても、威嚇射撃しかできないことになっているわけです。


 長々と書きましたが、私の問題意識は2つに収斂します。①もっと早い段階で違法性が認定できる犯罪類型は考えられないか、②その犯罪類型の量刑はもっと重くできないか、この2つです。その結果として、早い段階から武器の使用を含めた対応が可能になります(なお、言っておきますが、私はどんどん武器を使えと煽っているわけではありません。ただ、使えるようにしておき、かつそれを対外的に宣伝しておくことは意味のあることだと思います。)。


 最近、領海警備法の制定で盛り上がっている向きがあります。上記のような視点を上手く盛り込めるのであれば意味があるでしょう。つまり、特定の意図を持って(あるいは特定の装備によって)領海に入ってきた時点で違法性が認定できるようにし、かつ、その量刑が少なくとも出入国管理及び難民認定法よりも重いということにするということです。量刑を重くするというのは、もう少し言えば、類似の事案で侵害される法的利益をもう少し重く見ようということを意味します。


 ただ、構成要件の定め方は難しいでしょうね。尖閣諸島に接近する行為だけに限定して犯罪を作るわけにもいかないでしょうし、かといって広く取ってしまうと、今度、どのあたりで歯止めをかけるのかが法律作成実務の観点からは少し難しいはずです。ただ、これは様々な法作成技術によってクリアーできる問題であろうと思います(細かく詰めていけばそんなに難しくはないはずです。)。