竹島を学習指導要領解説書に「領土」と記述したことで、韓国が駐日大使を一時帰国(一時召還)させました。まあ、普通に見れば想定の範囲内であり、あまり韓国の一時的な反応に惑わされる必要はないでしょう。日本の立場をきちんと訴えることは、国の大本です。


 ところで、今回「我が国固有の領土」という記述がありませんでした。韓国側から漏れ聞こえてくるのは「単に『領土』だったから大使の一時帰国という名の召還だった。『我が国固有の領土』だったら、長期に亘る召還だった。」といったことです。いずれにせよ、「それって大した差じゃないんじゃないの?」と思いますし、今回一生懸命「(単なる)領土」と記述させようと頑張った方の努力というのは、あまり意味がありませんでしたし、結果との対比で見るとむしろ「取るものだけ取られた(表現を弱めたのに大使を召還した)」と見るのが常識的でしょう。


 ちなみに、政府は竹島を「我が国固有の領土」と言ったことがないか、というとそうではないんですね。この質問 答弁 を見ると、きちんと総理大臣名で「竹島は、我が国固有の領土である。」と答弁しています。つまり、政府の公式的立場は「我が国固有の領土」であるにもかかわらず、今回、教育の現場では政府の公式的立場から若干簡略化された立場を教えなさいということになるわけですね。そういう結論になったことへの説明責任は政府にあるでしょう。


 ところで、日本と韓国の間に「紛争の解決に関する交換公文」というのがあります。相当な歴史・条約マニアでないと知らないでしょう。1965年の日韓基本条約の際に併せて締結された、れっきとした国際条約です。ただ、非常に簡潔でして「両国政府は、別段の合意がある場合を除くほか、両国間の紛争は、まず外交上の経路を通じて解決するものとし、これにより解決することができなかつた場合は、両国政府が合意する手続に従い、調停によつて解決を図るものとする。」、これだけです。


 この交換公文の交渉経緯とか、何処がどう交渉された結果、こうなったのかということについては、私はかつて極秘文書を目にしているので書きません。実は当時は韓国の交渉当局者も日本語ができたので、日本語のニュアンスを含め、一言一句激しい交渉をしています(最後はひらがな一個をどうするかまでハイレベルで交渉しています。)。ということで、差し支えない範囲で解説してみたいと思います。


 まず、「紛争」という言葉なのですが、恐らく韓国政府はそもそも「紛争とか問題とかが存在しない」と主張している可能性が高いです。私が想像するに、日本の尖閣諸島に対するポジションと似ているのでしょう。上記で引用した質問・答弁を整理すると、


● 北方領土、竹島:我が国固有の領土であり、相手との関係で領土問題が存在する。

● 尖閣諸島:我が国固有の領土であり、現に我が国はこれを有効に支配しており、領土問題は存在していない。

 政府の立場は、こういうことですね。韓国はこの尖閣諸島における日本のポジションと似た立場を維持しているのだと思います。ちなみに予断ですが、日本の公式ポジションは「尖閣諸島について領土問題は存在しない。(そもそも、中国・台湾の主張など無視)」というものです。気が付きにくいことですが、尖閣諸島について「領土問題」と呼ぶことだけでも、中国・台湾側の主張に少し擦り寄っているということは是非ご理解下さい。


 ということで、この交換公文はまず基本的な認識のところでノン・スターターなんですが、更に追っていってみたいと思います。順序だてるとこうなります。


① 「別段の合意」がある時はその合意により解決を図る。

② 「別段の合意」がない場合は、まず、「外交上の経路」で解決する。

③ 「外交上の経路」で解決できない場合は、両国政府が合意する手続に従い、調停によつて解決を図る。


 まあ、机上の空論的ですけど、今の日韓間では①の別段の合意はありません。では、②の外交上の経路で解決できるかというとできません。では、③ですが、まず手続に合意できないでしょう。


 ただ、ここでポイントは「領土問題が存在する」と言わせることができれば、少なくとも「紛争は存在する」わけでして、この交換公文のテーブルに乗せることができるわけですね。そうすると、③のプロセスまでは行けます。そうすると、③で言う「合意」を妨げているのはどちらかという議論まで行くでしょう。であるが故に、韓国は「領土問題はない」と主張するのです。


 ちなみに、この条約を審議する際、外務省条約局長は「なお、この交換公文には竹島という名前は明示されておりませんが、ここに言う『両国間の紛争』に竹島が含まれることは、この問題をめぐるこれまでの経緯から見ても客観的にきわめて明白であり、また条文解釈の問題としても、この公文に言う「両国間の紛争」に竹島問題を含まないという別段の合意がなされていない以上は、この問題がここに含まれることは明らかであります。」といった答弁をしています。


 最後のところは机上の議論っぽいところがありますが、法理上解釈していくとこんな感じになりますということを述べておきました。