北方領土について昨年末、麻生外相が面白いことを言っていました。領土比で半分ずつで分けてみてはどうか、という個人的なアイデアを国会審議で披露していました。ただ、その後、鈴木宗男議員の質問主意書(議員の政府に対する文書質問のこと)で「政府の公式的な立場」について聞かれたのに対し、政府からは「既存の立場(四島の帰属を解決して平和条約を締結する)に変化はない」という答弁が返ってきました。


 北方領土というと歯舞諸島、色丹島、国後島、択捉島の4島を指します。日本は先の戦争の結果、クリル諸島を放棄しましたが、この四島はその中に含まれないということになっています。歴史的経緯を遡っていくと結構面白いのですが、その紙幅はないので止めておきます。戦前の行政区画ではクリル諸島は北方領土は北海道根室支庁に属していましたが、人が住んでいたのは幌筵島と占守島のみだそうです。占守島は人が住むのには適しない土地ですが、当時は対ソ連の最前線として軍が配置されていました。


 日本はサンフランシスコ平和条約で南サハリンやクリル諸島を「放棄」しました。ここで一点付け加えると、サンフランシスコ平和条約では「放棄」したこれらの領土が何処に帰属するかは規定されていません。通常はこの手の平和条約では放棄する相手を明記するのが常ですが、このあたりは不明確です。今、サハリンとかクリル諸島というとロシア領と思っているでしょうが、日本の正式な立場は「日本領じゃないけど、何処に帰属するかについては立場を留保する。ただ、帰属を決定するときにはそれはロシアに帰属すべきである。」くらいに要約すべきものでしょう。


 ちなみに今は四島にはロシア人が住んでいます。朝鮮系とか日本系の人もいます。理論的には無国籍の人もいるはずです。しかし、ここでよく考えなくてはなりません。もともと日本人しか住んでいなかった四島、超不毛な地です。ロシアが領有したからといって、ロシア人がすぐにやってくるわけではないことは誰でも分かる話です。では住んでいるのは誰なのか、これは実はあの島を考えるときに大きなポイントになります。というのも、あの島にいる人が何処から来た人なのか、あまりよく判然としないのです。スターリンによる民族移動で連れてこられたウクライナ系ロシア人とかもいるそうですし、囚人も混じっているかもしれません。とどのところ、大陸側ロシアに戻るところがない「もう帰れない人」が多いそうです。日本が領土変還を求める時に、これがポイントになるのです。「日本が領有するようになったら、あなた達は大陸側に戻ればいいではないか」、これは絶対に言ってはいけないないのです。そのあたりは沖縄返還や小笠原返還と一緒に考えてはいけないということです。


 では、面積で半々に分割する案、これは何処から出てきたのでしょうか。中国とロシアの領土問題の解決の際に面積半分という策が採られたことが念頭にあるのでしょう。中国とロシアの間には満州側に4000キロ、アルタイ山脈側に100キロくらいの国境があります。かつては、19世紀以降ロシアが支配していたダマンスキー島(珍宝島)を巡って、1969年に中国が攻め入り両国が戦闘状態になったこともありました(そういえば、昔笑っていいともでタモリが「まずいよな、この珍宝島って名前」と珍宝島を連呼していたのを思い出しました。)。その後、色々と交渉が進められ、国境をどんどん画定していき、最後に残っていた島の分割(アムール川とウスリー川の間にある二つの島)について2004年に基本的に面積で分割する痛み分けの案で合意しました。中ソ国境紛争については、史実をあれこれと調べてみると、大雑把に言って「中国がロシアに因縁をつけた構図なのだが、今は中国の方が経済的にも強いし、放っておいたら中国人が勝手にどんどんやってきて困るので、ロシア側が譲歩した。」ように見えます。今やロシアの沿海州側はすっかり中国人が増えたそうです。さっさと国境問題にケリをつけないと、中国人が大量に住んでいる地域まで要求するようになるかもしれません。譲歩したロシアの気持ちは分からんでもありません。怖いですよね、ホントに。


 まあ、日本との間で領土半分ずつ案をロシアが念頭に置いているかどうかは分かりません。この件については圧倒的にロシアが有利な立場にありますから、日本がどんな主張をしようとも「相手にしない」という選択肢もありうるわけで、実際これまではそれに近かったわけです。ちなみに領土を半分ずつにすると、日本は歯舞諸島、色丹島、国後島と択捉島の一部を得ることになります(択捉島は結構広い)。四島返せの要求と対比すると、三島+αとなるわけです。三島で譲歩したわけでもなく、きちんとすべての島に権原を確立したと言い得るわけです。国内説明的には悪くはないと判断する政治家がいてもおかしくはありません。


 いつも思うのですが、領土というのは国の根幹をなすものです。領土で譲歩すると言うのは、国の力の及ぶ範囲が狭められるということです。そして、領土で譲歩する政治家というのは、時に「国賊」呼ばわりされたりします。ハンドリングを間違えると、内閣が一個潰れてしまうくらいのマグニチュードがあります。どの国でも領土問題を解決するには相当のリスクと非難を覚悟しなくてはできません。ただ、それを恐れるあまり色々なアイデアを出すことまでをも不可能にするというのは、ちょっと行き過ぎかなと思うわけです。麻生外務大臣の発言は、早速鈴木宗男議員の質問趣意書によって無き物にされてしまいました。こうやって、かつて纏められた公式的な立場から少しでもずれた発言をすると、それを政争の具にして盛り上げようとする御仁は多いです。そうすると、政府側はどうするか。簡単なことです、「秘密外交」で行くしかないのです。外向けには「いやいや、公式ポジションで頑張ってます」と言いつつも、裏で交渉を進め、世論の動向を見計らって秘密外交の結果を「ドンッ」と出す。そして、「ギリギリの交渉をした結果、こうなった。これまでの立場とは違うが納得してほしい。」と必死に説得活動を行う。野党側はそれを批判する・・・、何処の国にもある構図です。


 この手の交渉はどうしても「秘密外交」にならざるを得ないのかな、どうなのかなー、なんていうとても原始的なことを今でも考えます。多分、すべてをオープンにしながらやることは困難でしょう。私は「開かれた外交」ということには賛成ですが、だからといって「何でもオープンにする外交」というのは無理だと思いますし、「やれるもんならやってみろ」と言いたくなります。そこには一定の限界があることは否めません。「秘密外交」をやりたくなる人の気分も理解しなくてはなりません。もし「開かれた外交」を希望するのであれば、そもそも外交を議論する社会的な場がもう少し寛容でなくてはならないでしょう。自分の主張やこれまでの政府の公式的立場から少しでもずれると鬼の首を取ったように騒がれると思えば、「開かれた外交」は絵に描いた餅で終わりかねません。「開かれた外交」は開く側の外交当局だけでなく、開かれる側の方の努力と度量も求められるのよねんと感じます。


 ところで、北方領土が戻ってきたと仮定しましょう。私がいつも疑問に思うのは「誰があの地に住むのだろうか」ということです。極寒の地です。インフラもお粗末です。少なくとも根室の生活になれた人がすぐに適応できる環境ではないでしょう。元島民、二世、三世の方でもどれくらいの方が戻る意図を有しているでしょうか。まあ、手付かずの大地が残されているので、アドベンチャー観光地化することは可能かもしれません。しかし、それは定住者ではありません。領土は国の根幹であるという基本は当然としつつも、もしかしたら領土交渉と言いつつ、今、日本として取りたいのは領海+排他的経済水域での漁業権なのかなという気もします。人が住もうと住むまいと領土はゆめゆめ疎かにしてはならないことは当然分かっていますけど。


 さて、あれこれ書きましたが、先日、ロシアのデニゾフ第一外務次官と名乗るおじさんが先月中頃公明党の大田昭宏代表に、中露国境紛争における領土半分分割案について語った云々という報道が出ていました。まあ、ロシアの第一外務次官なんてのはクレムリンに大した力もないでしょうから、大騒ぎするのは如何なものかと思いますが、いずれにしてもこの話は公明党サイドからのリークでしょう。ここで私はあることを思い出しました。年末、何かの番組で「来年の大きな政治的動きは何か?」という問が出たときに、周囲の人が「参院選」、「拉致」と比較的スタンダードな回答を書く中、出演者の一人であった松あきら議員(公明党)が「北方領土問題の前進」と書いていたことです。しかも、えらく自信ありげに「何か動きがあるかもしれませんよ、フフフ」みたいな発言をしていたように思います。その時、私は「えらく渋いネタを挙げるなあ。しかも、この人あまりこれまでこのテーマで発言したのを聞いたことがないんだけどなあ。」とボンヤリ思ったものでした。多分、この時にはデニゾフ第一外務次官と名乗るおじさんの発言について知っていたはずです。さて、与党の一角をなす党の中で北方領土問題が大きくクローズアップされ、領土半分分割案で少しずつ観測気球を上げているような気がしてなりません。次に公明党筋からどういうメッセージが出てくるかは興味深いです(私は冬柴国土交通相か北側幹事長あたりから何か出てくるような予感がします。)


 しかし、ここで最も重大な問題があることを指摘しておきます。今の総理にはこのテーマを上手く切り盛りしていく知力、胆力、能力は絶対にないということです。残念な話ですけどね。