George Sand 『La Petite Fadette』(1849年初版)
今年は、丁酉年ですね。
丁という字は灯火(ともしび)という意味があります。
ちなみに、丁の意味する色はピンク。
その年の干支にちなむものがラッキーアイテムという観点からいうと、今年のラッキーカラーはピンクです。
19世紀のフランスの女流作家のジョルジュ・サンドGeorge Sand は、ショパンの恋人としても有名です。サンドの小説『愛の妖精 La Petite Fadette』は、以前から読もうとして傍らに置いていたのですが、最近、やっと読了しました。
『愛の妖精』は、二月革命に幻滅し、故郷ノアンへ戻っていたジョルジュ・サンドが、人々が受けた傷を芸術の創造と詩情によって癒そうとして執筆した作品で、ロマン主義作家サンドの最高傑作と言われる田園小説です。
物語は、フランス中部の農村地帯ベリー州を背景に、野生の少女ファデットが恋にみちびかれて真の女性へと変貌をとげていく、シンデレラ・ストーリーです。
主人公のファデットは、サンドの少女時代をモデルにしたもので、双子の兄弟、シルヴィネとランドリーとの愛の葛藤は、清新なノアンの自然描写とあいまって、詩情あふれる独自の世界を表現しています。
ヒロインのファデットという呼び名は彼女の本当の名前ではありません。ファデットは苗字であるファデーに由来します。「秘法」を使って切り傷などの怪我を治す、村の物知りのファデー婆さんの孫娘で、祖母と同じく「この娘も少し魔法を使うという意味も含ませてあった」のです。
それと同時に、人懐っこく、少し悪戯気のある子鬼、鬼火の精(フォレー)という意味を持っています。
「誰でもこの娘を見るとあのフォレーを見るような気がしたというのは、この娘がまた、ちっぽけで、やせっぽちで、髪の毛を振り乱して、そのくせ人を人とも思わないところがあったからだ。」
瘦せていていたずら好きの、いかにも鬼火をイメージを連想させる少女です。
最初のうち、ファデットを怖がっていたランドリーは、徐々に親しくなっていきます。
「鬼火って、あんたが思ってるほど性が悪いもんじゃないわよ。こわがるものにだけ悪戯をするのさ。」
「あたしは、魔法使いじゃないけど、あんたが足で踏んづけるような、どんなつまらない草でも、それが何に効くかちゃんと知ってるわ。で、その効能がわかると、それをよく眺めるし、香いや形で見くびるようなこともしないわ。」
この箇所は、ファデットの美点に気が付き、ランドリーがファデットを愛するようになった過程を示唆しています。
それと同時に、神によって造られたものはすべて平等で、それぞれに個性や長所があり、外見だけで判断できないことをファデットは述べているのです。
『愛の妖精』では、アリストテレス以来、文芸において称揚されてきたメタファーが効果的に使われています。「鬼火」「つまらない草」「薬草」といった言葉に主人公を重ねあわせ、特別で重要な意味を含ませつつ、読む側に深い共感を与えているのです。
この作品は、サンドがショパンと別れたのちに発表された作品です。
別離後は、ショパンのことについては沈黙し、ショパンの葬儀にも出席しなかったサンドですが、この作品に描かれている双子の兄のシルヴィネは、病弱で嫉妬深く、ひねくれた性格で、ショパンの姿がかさなるような気がしました。
シルヴィネは、ショパンの意味をこめたメタファーのように思います。
もちろん、サンド自身はそんなことを述べているわけではないので、私の個人的な感想に過ぎないのだけれど。
ファデットへの想いを断ち切るために、家を出て行き、軍人となり、やがて最高の栄誉であるレジオン・ドヌール勲章を与えられたシルヴィネ。
「ショパンを立派にしたのは私よ」と言わんばかりの自負心が見え隠れしつつも、サンドのショパンに対する思いやりを感じました。
ショパンを振り回した挙句、捨てた女として、悪女のイメージの強いサンドですが、この作品を読んで、少し印象が改善しました。
田園小説ののどかな雰囲気にぴったりな平易な文体と夢のある内容なので、軽く読むのにおススメです。
※ 引用 ※