『シッコ』 とキューバの医療事情 | MARYSOL のキューバ映画修行

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【キューバ映画】というジグソーパズルを完成させるための1ピースになれれば…そんな思いで綴ります。
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『シッコ』:マイケル・ムーアのドキュメンタリー/2007年
内容(公式サイトより):http://sicko.gyao.jp/?cid=sicgoogle
生きるべきか、死ぬべきか―アメリカではそれを決めるのは保険会社。
そのウラで医療費が払えないというだけで多くの国民が命を落としている…!
泣く子も黙る超大国のはずなのに保険充実度は世界37位、なんと先進国中最下位!!「こんな医療制度はビョーキ(SICKO=シッコ)だ!!」
先進国で唯一、国が運営する“国民健康保険”が存在しないアメリカ。
よって国民は民間の保険会社に加入するしかなく、6人に1人が無保険で、毎年1.8万人が治療を受けられずに死んでいく。


『シッコ』の中のキューバ
封切り前から話題になっていた、あのマイケル・ムーアの最新作『シッコ』
彼の映画は、シリアスな内容をエンターテインメントに仕立て、見やすくする一方、強引でご都合主義な面もあるので、「もういいや」という気持ちもあったのですが、今回は「キューバ」に釣られて見ました。
結果は当たり!面白くてためになるうえ、視野も広がり、勉強になりました!
ムーアの勇気も見直しました。(テーマは他人事ではないので見て下さい!)


さて当ブログは「映画を通してキューバを知る(考える)」のが趣旨なので、早速『シッコ』に登場したキューバのエピソードを紹介しましょう。
シッコ 2001年9月11日に起きた同時多発テロによるビル崩壊現場で救援活動をした人たちの中に、呼吸器障害などの後遺症に苦しむ人達がいます。健康を害した彼らは、仕事もやめざるを得ません。治療を受けたくてもアメリカの医療費は恐ろしく高い。結局なんの支援も受けられないまま、5年以上も見捨てられた状態に―
義憤にかられたムーア監督は、彼らをクルーザーに乗せ、キューバにある米軍基地、グアンタナモへと向かいます。そこは9.11テロ事件の容疑者が収監されている所。
「テロ後の救護活動が原因で病気になった彼らに、せめてテロリスト犯と同等の治療を受けさせてくれ~!!」拡声機を使い、監督は対岸の基地に呼びかけます(写真)
。もちろん訴えは無視。基地にも入れません。


でもどこからかキューバに上陸したムーア一行(実は2度目の渡航)。

街角でドミノに興じるキューバ人たちに、「診療所はどこ?」とか「薬屋は?」なんて尋ねて、キューバの医療事情に踏み込んでいきます。町の薬屋で、アメリカでは100ドル以上する薬が5セントで買えると知り、驚愕する女性。
やがてハバナの国立病院にたどり着いた一行は、そこで診察・検査を受け、入院。一般のキューバ人と同じ扱いだそうです。
まもなく健康状態は改善し、薬をもらって、無事 退院します。
9・11で救援士(真の英雄)たちが果たした“愛と勇気ある行動”を称える、キューバ人消防員たちの言葉に送られて―


Marysolから
前に『グアンタナモ、僕達が見た真実』(マイケル・ウィンターボトム監督/2006年)を見て、基地内の非人間的状が忘れがたい私には、「基地で医療を受ける」というムーア監督の発想は、正直言って理解しがたい― けれど結果的に、アメリカ人患者がキューバで心身ともに癒される図は、ムーアの作戦勝ち!

なかなか見事なメスさばきでした。
キューバを「悪の枢軸国」と呼ぶ米政府にとっては、さぞかし手痛いしっぺ返しとなったことでしょう。

キューバもだいぶ点を稼ぎましたね。登場する医師もハンサムだったし。


この映画を観た人は、きっとキューバの医療制度について知りたくなると思います。そこで、私もこの機会にまとめてみました。


キューバの医療制度について
革命(1959年)前のキューバにいた医者の数は約6千人。医療サービスの中心は都市にあり、田舎との格差が大きかった。革命後、医者の半数と医学部教授の大半が亡命。キューバの医療と医学教育は崩壊寸前となるが、残った医者でゼロからスタートする。


革命進行中、解放区では無料診察が実施されていた。その流れからか、1960年1月「地方医療サービス法」が制定され、公共医療サービスが法的に確立される。
総力をあげて医師の養成に努めたかいあって、2002年の統計に見る医師の数は6万6千人を超えた。国民165人に対し医師1人の割りである(ちなみに日本は国民520人に対し医師1人)。
乳児死亡率も、革命直後の1000人対60人が、2002年には1000人対6.5人に減る。この数字はアメリカ合衆国を凌いでいる。
都市と地方の医療サービスの格差も解消され、医療ベッド数の約40%が首都、60%が地方にある(1999年のデータ)。
教育面では、革命前は一校しかなかった医学校が現在は各州にあり、無料で教育が受けられる。
ただし、国家予算の最大の支出は医療費だとか。


キューバ医療の基盤は、ファミリードクター制。これは1984年に始まったシステムで、地域ごとに決まったファミリードクターが、自分の担当する120~160家庭に対し、通常の診察のほか、主に予防を中心とする医療活動を行うもの。

ファミリードクターの次の段階が、ポリクリニック。これは24時間体制の総合診療所。ただし入院はできない。
重病や急患、入院の必要な場合には、市町村病院、州立病院があり、さらにトップに位置するのが、最新医療機器を備える国立病院。
医療サービスは国内全土をカバーし、検査、治療、手術などの費用はすべて無料。(入院しない場合の薬代だけは本人負担)
自国より安く、高度な治療を受けるため、キューバを訪れる外国人も多い。
(そういえば、アルゼンチンの元サッカー選手、マラドーナもキューバで療養生活を送っていましたね)


問題点は?
映画『シッコ』では、キューバ以外にも、カナダ・イギリス・フランスなどの医療制度が“理想的”に描かれていましたが、実際はどの国にも当然、問題があります。キューバも例外ではありません。
例えば、知り合いの婦人の場合、予約した時間に病院へ行っても医師が不在だったことが何度もありました。
たぶん仕事をしてもしなくても、給料が変わらないから欠勤しがちなのでは?
また、外貨の所有が認められて以来、ペソでもらう給料の価値が失墜。医者の給料よりも、ホテルの従業員やタクシー運転手のほうが儲かるとあっては、勤労意欲がそがれるのも事実。哀しいジョークをずいぶん聞きました。
そういえばキューバ映画『永遠のハバナ』に登場する医者も、ピエロの副業をしていたっけ。


経済封鎖による医薬品の不足、機器の老朽化も深刻な問題です。


最近の問題としては、医者をベネズエラやボリビアなどに大量に派遣しているせいで、国内の病院で医者不足が生じているとか。(ちょっと矛盾する事態ですね)
また、外国に派遣されたキューバ人医師が、派遣先のほうが豊かに暮らせるからと、帰国しないケースもあります。6月13日付けの朝日新聞には、「米政府がそれを後押ししていて、キューバ人医師が派遣先の国にある米国大使館を訪ねれば、米国へ亡命できるようにしている」ことが記されていました。(汚いやり方!)
一方、亡命する側の理由としては「キューバの月給がマイアミなら時給で稼げる」「キューバで医者は奴隷のように搾取されている」からだとか…


医師として必要とされ、人々の病や肉体的苦痛を癒し、感謝される喜び。
優れた医療システムを実現した、キューバ人としての誇り。
一方、キューバ人ゆえに大幅に制限されている自由と報酬。
命を預かる重い任務に対し、正当な評価がされているのか?
他国の実態を知れば知るほど、自分の将来と国への恩で悩むのが、キューバ人医師たちの宿命なのかもしれません。
「乏しくても分かち合う」のが“キューバ精神”。
言うのは簡単ですが、実践し続けるには「痛み」を伴います。
それゆえに深い喜びも共有できるのですが。
この精神、私たちにも問われているのでは?


そういえば、映画にはチェ・ゲバラの娘、アレイダさんも登場します。
彼女は小児科医だそうで、こんな面でも父親の意思を継いでいるんですね。
彼女の発言、キューバの心を象徴しているように思いました。

 

付録:ムーア監督の「キューバ渡航問題」
今年5月、ムーア監督は「無許可でキューバに渡航した」として、米財務省から咎められました。監督によると、渡航許可を求める申請書は提出したとのこと。

ムーア監督の言葉
「ブッシュ政権は、自分達が援助するのを拒んだ人たちを私が助けようとしたから、私を取り調べようとしているのだ。ブッシュが“隣人を助けるのは違法行為だ”と宣言しない限り、私は法を犯したことにはならない」


*アメリカに気兼ねせず、キューバに医薬品その他を送れない現状は歯がゆい。 善意の行為を勝手に違法と決め付ける法律は変だ!と思いませんか?(Marysol)