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つくづく、人間の心の暗部を描かせたら桐野夏生の右に出るものはいない。
とくにオンナの心のドロドロ描かせたら天下一品。
アンボス・ムンドス
は短編集。
7つの短編はそれぞれ毛色が違っているので、ここでは表題作のみに触れさせていただきます。
表題作の「アンボス・ムンドス」は表と裏・・・というような意味のホテル。ホテルの名前がタイトルなのはそこでおきた事件がどーのこーのだからってことではなく、意味のほうが重要です。
つまりこの世界には表と裏があるってコトなんだけれども、なにしろ桐野夏生なので裏の方に重点が置かれています。
主人公は元小学校教諭。今は学習塾の講師をやっている女性。旅先でであった「小説家」に自分の過去を語る・・・という形態です。独白調というのか、語っていく・・・というカタチ。
語られる内容は壮絶ですが、淡々と彼女は語ります。
私はもう未来のことなど考えても仕方がないのです。あの人は私に、輝く世界の裏には、無慈悲で残酷で、有用なことなど何ひとつない暗黒もあるのだ、ということを教えてくれたのです。いいえ、無慈悲で残酷というのは、あの事件のことではありません。彼の死でもありません。今の私の状態なんです。
その静かな口調は乾燥した絶望を思わせます。諦念よりももっと空虚。
なぜ彼女はそんなふうになってしまったのか?
不幸な事故よりも、陰湿な非難よりも、もっともっと悪いことはある。
希望や未来をまったく信じられなくなってしまうようなことがある。
人生で一度の思い出にキューバに旅立った若い女教師と不倫相手の教頭を帰国後待っていたのは生徒の死と非難の嵐だった…。表題作をはじめ、煌く7篇を収録した作品集。『オール読物』等掲載をまとめる。直木賞受賞後の著者の変遷を示す刺激的で挑戦的な作品集。