前回の続きです。



辛抱する ―――夏姫1―――




夏徴舒(かちょうじょ)という後嗣が生まれて間もなく、夫であり人生の伴侶でもある夏御叔(かぎょしゅく)を失ってしまった夏姫・・・


この後しばらく夏姫の足跡は消えるのですが・・・



再び歴史に登場します・・・


が・・・



それはまたしても艶聞・・・


陳(ちん)の国主である霊公(れいこう;名は平国)及び大臣である孔寧(こうねい)儀行父(ぎこうほ)の3人と関係をもったというもので、それぞれが夏姫の肌着を着込んで、それを朝廷で見せ合いふざけあった、という唖然とするような逸話が残っています。


この逸話は『春秋左史伝(しゅんじゅうさしでん)』『史記(しき)』に記載されており、これが夏姫のいわゆる悪女・妖婦・淫婦などどいう悪名のもととなっていると思われるのですが、よくよく考えてみるとこれは夏姫に対する客観的な視点での逸話であって、そこから夏姫自身の意志・・・



つまり何故夏姫がこのようなことをしたのかという理由が見えてきません。



ただ、想像するに・・・


時の実力者・権力者と関係を持つことによって自らの欲望を満たしていく、というのがいわゆる悪女の典型的なパターンなのですが・・・


夏姫にはそのような話は残っておらず・・・



やむを得ない理由・・・


個人的には家(夏氏)のため、息子である夏徴舒のためにそのようなことに至ったのではないか、と想像しています。



実はそう思うのには理由があり・・・


夏姫と関係をもった3人・・・


この3人の人格があまりにも酷いからで・・・


この関係を夏姫自らが望んだとはとても思えないのです。



こんな逸話が残っています・・・



霊公は朝廷で肌着を見せ合ってふざけあっているのを宰相である洩冶(せつや)に「国君や卿の方々が大っぴらに淫らなことをなさると、民にお手本がなくなってしまいます。国外への聞えもよくありません。どうか肌着などはおしまいくださいますように。」と諌められ、「分かった、改めよう。」と言うのですが・・・


霊公はこのことを孔寧・儀行父の2人に話し・・・


2人が「洩冶を殺してしまいましょう。」と言うと、とくに止めもせず・・・


結局2人は洩冶を殺してしまうのです・・・


このことからもこの3人の倫理観のなさ、レベルが窺い知れるでしょう。



さて、事の真偽は置いておいて・・・



このような母の姿に対して、息子である夏徴舒がどのような気持ちを抱いていたのかも闇の中です。


しかし、例えそれが自分のためだったとはしても、やめてもらいたいと思うでしょうし、母を弄んだ3人に深い恨みをいだくというのが自然な感情でしょう。



そして、ついにそれが爆発する時が来ます。

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この時夏徴舒は司馬(しば;兵馬をつかさどる)という大臣になっていたので、成人に達していたと思われます・・・


これは、霊公が孔寧・儀行父と共に夏氏の邸で酒宴を催した時のこと(つまり、3人と夏姫との関係がまだ続いているということを示唆しています)・・・


盃を交わしながらいつしか話題が夏徴舒のことに及び・・・


霊公が儀行父に「夏徴舒は立派な武将に育ったが、本当は汝の子供ではないのか?」と言うと・・・


儀行父は「いやいや君にも似ておりますよ。」と答え、3人で笑いあうのですが・・・


あろうことか、これを夏徴舒が聞いてしまったのです。


夏徴舒の血は逆流し帰路に着く3人を待ち伏せします・・・


そして、霊公を矢で射殺すことに成功するのですが、孔寧・儀行父の2人は何とか難を逃れ、南方の楚(そ)に亡命してしまい・・・


国君不在となった陳は、夏徴舒が自ら政務をとることになります。

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この一連の騒動の中、夏姫は歴史的に寡黙です。


このような所業に及んだ息子をどのように思っていたのでしょう・・・

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さて、楚に逃れた2人は楚王に訴え兵を出してもらうことに成功します。


この時の楚王はあの名君中の名君といってよい荘王(そうおう)です。


乱の翌年、荘王は「少西氏(しょうせいし;夏徴舒のこと)の乱を鎮める。」と大義名分を掲げ陳に攻め入り・・・


夏徴舒はあっさりと自刃・・・


陳は取り潰され楚国に編入されていまいます。

*実はこの部分は過去にも触れており・・・

許すということ2 ―――蹊田奪牛―――

ここに出てくる陳国の乱というのがこれに当たります。



さて・・・

肝心の夏姫がどうなったのかというと・・・


荘王は乱の後夏姫を引見し、夏徴舒の姉妹ではないかと見まがう若さ、そしてその艶麗な美貌に驚き・・・


楚に連れて行ってしまうのです・・・


夏姫の棘の道はまだまだ続きます・・・




それではまた( ̄▽+ ̄*)。