花組の個のレベルが突き抜け、チームで戦い、死力を尽くして勝ち取った「歌のエリザベート」。
宝塚歌劇100周年の「エリザベート」は、「歌」に原点回帰することで一つの大きな集大成を魅せてくれた。
期待し、信じてはいましたが、同時に厳しい戦いになるとも予想していました。
率直に言って、花組は組全体としては決して歌が「非常に」強い組だとは思っていなかったからです。
実は「エリザベート」の公演レポートを書くのは初めてなのですが、ことあるごとに「エリザベート」という作品については触れてきました。
今回の花組再演についても上演決定から様々なことを書いてきました。
私がずっと確信していること、それはこの作品の最大の課題、テーマが(繰り返しになりますが)歌だということです。
歌で登場人物に命と魂が吹き込まれ、そんな登場人物達が物語を進め、彼らの人生が歴史を作り、ドラマが生まれる。
歌が全ての原点であり、そこからこの作品は始まるのだと思います。
そして「エリザベート」という作品の歌の素晴らしさは、同時に演じる側にとっては極めて困難な挑戦になるのです。
しかも1人のスーパースターだけで乗り越えられるものではありません。
個々の歌と、その結集が必須になります。
したがって、例えば(あくまで例えばです)
北翔海莉が特出するから大丈夫、などということはあり得ません。
彼女一人が上手いことと、作品「全体」の問題は別です。
彼女が演じるフランツに成功が約束されていた訳ではなく、彼女にも相当なレベルアップが求められました。
蘭乃はなの歌唱「だけ」が心配、というのも適切な見解とは言い難いです。
蘭乃はなの歌唱「も」課題でしたが、彼女「だけ」が責任を負うのではありません。
「エリザベート」は、1人だけで成功を勝ち取れるほど、勝敗が決まるほど、簡単な作品ではないと思うのです。
組子(出演者)1人1人が、相対的にも絶対的にも歌唱力を底上げし、妥協することなく天を目指すほど極める。
その上で、チームとして総力を上げて舞台を作り上げる。
独り相撲でも、他力本願でもダメなのです。
花組は、この戦いに(総論としては)勝利しました。
表現力、表情のある、豊かな歌唱が全体を通して劇場を包み、客席に押し寄せてきました。
主題歌を歌うトップスターも、ワンフレーズ歌う下級生も、(総論としては)抜かりなく、「必死でギリギリ精一杯」というレベルを超え、歌を自分のモノにして、丁寧に歌い上げていました。
過去の再演にくらべ、多くの楽曲で歌のテンポを僅かに遅くしていたように感じました。
明らかに意図的に。
歌のテンポは公演時間、舞台進行に関わるので恐らく最初からこのテンポを決めていたのでしょう。
ほんの僅かなことですが、作品全体を通して考えれば非常に大きなことです。
このテンポ設定が何を意味するか。
私は、各楽曲をより豊かに歌い上げるための戦略だと想像しました。
そして、これは賭けでもありました。
万が一、ソロ、合唱ともに歌唱力が追いつかなければ、このテンポ設定は歌唱の粗を露呈することになります。
そこに、花組の、もっといえばスタッフ全員の覚悟を感じるのです。
歌をより大切にする、聴かせる「エリザベート」を作る、という。
9月19日(金)、今回の花組「エリザベート」宝塚大劇場での初見時、一番の発見と驚きはこのテンポ設定で見事に歌い上げる組子達の歌唱力でした。
凄いな、と同時にハイリスクを覚悟した戦いの痕跡も感じ、身震いしました。
分かっていたはずなのに、知っているつもりだったのに改めて感じる、「エリザベート」という作品の音楽、歌の魅力。
やっと・・・久しぶりに、私が求めていた「歌のエリザベート」の理想に比較的近い公演に出会えた気がします。
絶対に記しておきたいことが一つあります。
この公演で、歌唱指導の楊淑美先生が(宝塚の歌唱指導者としては)引退されます。
元々は花組のOGで、海外でミュージカルの出演経験もある方。
歌唱指導の専門ではなかったところからスタートし、ご本人も(指導者として)勉強しながら、「エリザベート」初演以来、海外ミュージカルを始め多くの「歌う作品」で歌唱指導を担当され、作品を歴史的な成功へと導いてくれました。
今回の花組公演、その歴史的な成功の功労者のお一人だと思います。
もし楊先生が1996年以降、宝塚で歌唱指導を担当されていなかったら・・・と想像するだけでゾッとします。
感謝という文字では到底表現できませんが、それでも心からの感謝と、先生のこれからのご活躍(ぜひこの世界でのご活躍を!)を願います。
花組「エリザベート」、歌の話に戻ります。
過去の再演からさらに改善されていたのが、劇場の音響を考慮した各パートの音量バランス(オーケストレーションを含む)。
オーケストラ、合唱、ソロの音量バランスがより良くなり、合唱の中でのソロが聴き取りやすくなりました。
オーケストラや合唱がソロを消してしまうことなく、ただしここぞという時はオケも歌も全員で打って出る、そのさじ加減とバランスに磨きがかかりました。
各パートの音量は毎公演、キャスト(スター)が変わるので絶対的なものはありません。
限られた舞台稽古でバランスを見極める大変な仕事。
舞台に立つ出演者だけでなく、スタッフも含めた総力戦だったと思います。
また、バランスを調整しても、そもそも「聴かせるソロ」「聴かせる合唱」が成り立っていなければ全く意味がありません。
その点においても、花組組子と組全体の歌唱力向上は大きかったと言えます。
特に歌の充実によって8月22日(金)の大劇場初日より本日の東京公演千秋楽まで素晴らしいパフォーマンスで客席を魅了し続けた今回の花組公演「エリザベート」。
「スター編」では、物語や登場人物の「人となり」についても、それぞれ掘り下げてみたいと思います。
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