「愛に、呪われた男」は「愛に、出会い、目覚めた男」である。


私は本作の文脈での「呪い」をネガティブなものとは捉えていません。

ドン・ジュアンは真実の愛に出会えたから、例えば今まで犯した罪を罪として痛感することになったのです。
そして愛する喜び、愛される喜び、嫉妬の苦しみも心の底から味わいました。

マリアに出会って真実の愛に目覚めたドン・ジュアンは、刹那的な快楽に溺れる男から血の通った「人間」となり、最後は「愛」によって、「愛」のために死を選ぶことになります。


彼の最期の表情を見ていると、単純に悲劇とは思えません。

幸福という言葉は少しオーバーで適当ではないですが、少なくとも満たされていて、でも少し悔しさや切なさも残っていて・・・生き急いだのかもしれませんが、愛に生き切った男の姿を見ました。

逆説的ですが、死ぬー特に今回のように愛によって死ぬとは、生きた証ー愛し、愛された証でもあると思います。

また、憎悪や嫉妬も愛から生まれることがあります。
愛が人を動かし、物語を展開させました。


最期、愛に、愛された男。ドン・ジュアン。

亡霊は存在し、彼(ドン・ジュアン)につきまとったというより、彼自身が生み出し、感じた存在(幻想)という見方も出来ると思います。

身分がありながら悪徳の限りを尽くし、剣にも秀でる、恐れるものは何もないはずの男。

しかし刹那の快楽に溺れているだけの彼には真実の愛も、生も、もちろん死も、知る由もないのです。

それが彼の人としての決定的な弱さであり、亡霊が現れる(感じる)隙を与えたのかもしれません。

ただ、その亡霊に導かれて、彼は愛に出会います。

亡霊は他の人には見えず、彼だけにしか見えないのならば、彼自身が愛を求めるが故に無意識のうちに生み出したと考えることもできます。



終演後、かなりの放心状態となりました。

Twitterで感想を書こうとしても言葉が出て来ず、気付いたらスマホを持ったまま電車の中で数駅固まっていました。

そんな中、最初に「純粋(ピュア)な作品、舞台」だと感じ始めました。


この舞台を通して純粋(ピュア)とは、生々しく、荒々しく、血なまぐさい、「生」がむき出しになっている状態でもあることに気づかされました。

ドン・ジュアンだけでなく、登場人物たちの「生」は皆むき出しで、だから同時に「死」もうっすらと、でも確実に隣り合わせにある、潜む。
そして皆、様々な形で愛に生きています。


歌、ダンス、芝居、すべてが熱く、激しく、狂おしい表現でした。

温め続ける熱、瞬間的に燃え上がるような熱、煮え切らない苦しい熱。
プロセスと今の状態は様々あれど、いずれも冷める(覚める)ことのない熱、愛。

一時的ですぐに落ち着くような表面的な迫力ではなく、圧力と心をえぐってくるような深い表現が常に舞台から放出されていました。




カンパニーの力を強烈に感じる舞台でした。

コーラス、群舞でも個の強さが光り、「なんとなく」埋もれるような組子は1人もいませんでした。

個々の意識の高い責任ある努力、戦いが、カンパニーに足し算~掛け算以上のいい影響を与えているように感じました。

作品、演出に導かれた部分もあると思いますが、這い上がってくる、掴み取ろうとするエネルギーが間違いなくありました。




その中でもやはり主演、望海風斗の実力、魅力、オーラ、これに尽きます。

彼女の背中が今までよりもさらに大きく感じられました。
舞台はチームワークですが、主演者が影響を与える部分は大きいと思います。

1人だけで強引に突っ走るのでもなく、皆を包み込み、力を集中させて、共に高みを目指し続ける。

これが彼女の人望なのでしょうか、カンパニーの結束に無理がなく、自然にとてつもないエネルギーが集まっているのです。

ドン・ジュアンは真っ黒でも真っ白でもない、色彩豊かで変化のある役。
彼女の何色にでも染まれる、様々な色を出してきた経験が、この役に十二分に活きたと思います。


弱さ、脆さ、儚さをテクニックだけでなくうまく表現できる男役は極めて魅力的です。

今回ドン・ジュアンを演じる中で望海風斗が魅せたそれらの表現は、観る者の心を揺るがすものがありました。

歌は・・・宝塚の男役ではありますが、宝塚どうこうというレベルから別次元=1人のミュージカルスターになっている気がします。

ソロ、デュエット、コーラス、あらゆる局面での対応力、柔軟性が彼女の圧倒的な歌唱力を証明していました。



新人公演以外では今回初ヒロインの彩みちる。

体当たりで頑張っているのに雑ではなく、自由な心と意志を持つ女性をのびのびと演じていました。

歌も終盤に魅せ場、聴かせどころを作り、そこまで上手く緩急をつけるあたりは非常に落ち着いていたと思います。

梅芸ではもっと伸びる可能性を感じましたし、高いハードル、チャンスを与えると一気に殻を破るタイプの娘役に見えます。



彩風咲奈がまた新境地を切り開きました。

ドン・ジュアンの友人役、優しくて良い人という役者にとっては難しいキャラクター。
そんな「静の役」で強引にならず、でも存在感を自然に出すバランス感覚を磨いたと思います。

エルヴィラへの想い・・・間合い、温度、ベクトル・・・絶妙でした。

気づくか気づかないかくらいの、針の穴を通すような繊細な心情表現で、決して派手さはありませんが実に上手くて終演後からじわじわ効いてきています。



香綾しずるの亡霊、(亡霊ですが)キーパーソンであり、(亡霊ですが)大活躍でした。

ビジュアルの作り込みはもちろんのこと、存在感の出し方、消し方(抑え方)を出演場面ごとに変えていました。

また、ドン・ジュアンにしか見えていない雰囲気作りも周囲との連携が取れていて、説明がなくても「きっとそうなんだろうな」と思わせました。

決して動きやすい衣装ではない中、あの振り、タップも素晴らしかったです。



エルヴィラ@有沙瞳はとにかく切ない存在。

「私だって悪い女になれる」と男を誘惑しながら歌い、踊る場面では、そんな雰囲気、オーラになりかけるも、どこかに無理があって夫ドン・ジュアンには全く取り合ってもらえず崩れ去ります。

柄にもなく無理に強がったり、脅したりするものの、全部中途半端。
そんな彼女でも嫉妬の力は強く、ラファエルを動かすという物語上大きな役割を果たします。

哀愁漂う歌唱が非常に魅力的で、ここまで豊かな表現を聴くのは初めてでした。

ドン・カルロの気持ちに全く気づかないのですから、ドン・ジュアン(の心)を捕まえるのは到底無理なのでしょう。

可哀想な女性ですが、ちょっと不器用なのか、あるいは勘が鈍いかズレているのか、そんな気がします。



ラファエル@永久輝せあはドン・ジュアンの敵役を堂々と好演。

純粋で真っ直ぐな人柄がひしひしと伝わって来るのです。
マリアへの強い想いも第1幕からずっと続いていて、最後まで彼の原動力となりました。

「アル・カポネ」の頃から非常に華のある男役だなと気になっていましたが、力もつけてきていてこれからもっと楽しみです。




観劇前は望海風斗の横浜での主演凱旋公演を祝福する気持ちで一杯でしたが(もちろんその気持ちは変わらず)、舞台はそういうことを忘れさせる凄まじいもので、本当に衝撃的な作品になりました。

大劇場、東宝で観劇しているようなスケールの大きさ。

音楽、舞台装置、衣装、組子たちの歌、ダンス、芝居・・・すべてがハイレベルで的確、それぞれが調和しており、パーツ(各論)を紐解くのも面白いですが、テーマが大きく、純粋でシンプルなため、まずは舞台全体(総論)を大きく捉えたくなる作品です。

フィナーレ、拍手する手に力が入らなかったのはおそらく初めての経験です。

おそらく歴史的な公演になることでしょう。
観劇でき、その場に立ち会えたこと、本当に嬉しく思います。



これから梅田で観劇予定の皆さんには、気力体力蓄えて観劇されることをオススメします。





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