昨日とあまりにも違いすぎる風景に、私は頭をフル回転させて何とか答えを探そうとしますが、そこにたどり着くための糸口さえ見つけられません。
わかっているのは、どうやらここが神社であるということだけです。
一体、あの広い庭と立派な建物はどこへいってしまったのでしょうか。
私は敷地の裏から入ったので、手前側にあるのは本殿の裏側です。
拝殿はさらにその向こう側にあります。正面に回り込めば何か手がかりがあるかも知れません。
とりあえず本殿の横を通って拝殿の正面に回り込みました。
さらに正面にある階段を上り、わずかに開いたすりガラスの戸の隙間から拝殿の中を覗いた時、私は思わず「あっ」と声を上げてしまいました。
驚いた拍子に手をかけたガラス戸につい力が入ってしまったのですが、戸の滑りは案外良く、カラカラと左右に開いてしまいました。
拝殿の中にあったのは、積みあげられたおもちゃ、おもちゃ、おもちゃの山。
そしてそれらの真ん中に置かれていたのが、なんとあのゲーム機だったのです。
あの子は一体何者だったのでしょう。
呆然と立ちすくむ私の頭に浮かんでくるのはあの時の笑顔だけでした。
あのゲームのファンとして、私がかつて感動したあのエンディングを彼にも見てもらいたい。
ただそれだけの思いで私はメモを書き上げました。
しかしこれを渡す相手はどこにもいません。
もう、メモと電池パックをゲーム機の横に残してその場を去るより他に、私にできる事はなさそうです。
拝殿のガラス戸を閉めた時、私は、ようやくお賽銭をあげて手を合わせるべきだったという考えに至りました。
お参りを終え一礼して振り返ると、丁度入れ替わりでご老人が一人、鳥居をくぐってこちらへと向かって来られるところでした。
「あの、ちょっとお尋ねしたいんですが、こちらの神社では一体何を祭っていらっしゃるんでしょうか?」
突然見ず知らずの青年に尋ねられて、不審に思われるかもしれません。
しかし、躊躇なくあの鳥居をくぐって来られるのですから、この神社について少しは何かを知っているにちがいないと考えたのです。
「おぉ、それなら座敷わらしだよ」
「座敷わらし……ですか」
「この辺に伝わる昔話でね」
「よかったら、教えて下さい」
こちらの心配を他所に、このご老人はガイドさんよろしく、笑顔で応対して下さいまいした。
以前この場所には、街道の小さな宿があったそうです。
ほとんどの客は大きな宿に取られ、こちらに泊まるのは、あふれた客か、よほど貧しい旅人ばかり。
その構えもみすぼらしい宿だったそうです。
ところが、旅の途中で金を奪われてしまった子供が、その宿を訪れた時から状況が大きく変わります。
哀れに思った主人が金を取らずに泊めてやったのですが、翌朝にはその子の姿は見えなくなっていました。
それからというもの、急にその宿は流行り出し、ついには大きかった宿と立場が逆転してしまうまでになったのだそうです。
宿は大きく立派に建て替えられ、有名な庭師を呼んで美しい庭も作られました。
庭は宿の名物にもなり、評判がさらなる客を呼んで、たいそう繁盛するようになったそうです。
「しかし、大金を手にすると人は誰も変わってしまうんだろうな」
とある冬の寒い日のこと。旅の途中で金を奪われてしまった子供が、止めて欲しいとその宿を訪れたのだそうです。
部屋は余っていたにもかかわらず、宿の主人は無銭の子供を追い払ってしまいました。
その直後から宿は急激に廃れ、ついには立派な庭もろとも火事で焼け落ちてしまったのでした。
「で、その跡に建てられたのがこの神社なんだ」
「そして、その子供が座敷わらし……」
「だからその御利益に預かろうと、みんながここにおもちゃを持って来るんだよ」
「その子が座敷わらしだという、何か証拠でもあるんですか?」
「なんでも、時々ここら辺で座敷わらしが遊んどるんだそうだ。その子と話をして一緒に遊んでやった者はみーんな出世する。と、いうことらしいぞ」
「…………」
「年に何度か、あの隅にある納戸におもちゃを片付けるんだが、溜まる一方でな。どうしたものやら」
老人は終始にこやかに教えて下さいました。
不思議な出来事でしたが、ひとまず納得はできました。
私が会ったあの子は座敷わらし。
もし老人の話が本当なら、自分にも運が回ってきたのかもしれません。
旅立ちの日になんとも縁起の良い話です。
この先どんな幸運が待ち受けているのだろうと考えるだけで、私はつい踊り出したくなる気分でした。
後は、故郷へ向かうのみ。
あの子がゲームをクリアしてくれる事を期待しながら。
あれから十年、私は上場企業の社長となりました。
あの子はやはり本物の座敷わらしだったのかも知れません。
某所の有名な旅館では、座敷わらしを目撃した宿泊客の中には、後に政界、経済界の大立者になった方もいるということです。
出会った場所は違いますが、私もひょっとしたら、その中の一人に加わったのかもしれません。
そんなことを真面目に考えられるようになった頃、出張で私は再びあの街を訪れることになりました。
あの時は、もう二度と訪れる事はないだろうと思っていたのに。
その日、私はお礼参りに向かうべく早々に仕事を切り上げました。
地元では有名な神社なのでしょう、タクシーの運転手に告げるとすぐに向かってくれました。
そういえば季節も同じ、時間もあの時と同じ夕暮れ時です。
違うのは私が上等のスーツを着ていることくらいでしょうか。
鳥居をくぐるとすぐ先で子供がひとり、石畳の上でコマを回して遊んでいます。
よく見れば……なんとあの子ではありませんか!
「君! 久しぶりだね。覚えているかい?」
あれから十年、私の容貌も変わっています。
バカな質問をしたと思いながら近づくと、
「あ、おじさん! 久しぶり」
「覚えているのかい!?」
「あのゲーム、クリアしたよ。おじさんのおかげだよ」
「そうか! それは良かった」
私たちはあのゲームについてしばらく語りあいました。
十年という歳月にもかかわらずこの子の容姿は以前のままです。
この子が何者なのか、もはや聞く必要もありません。
おそらく、今の私があるのはこの子のおかげなのでしょう。
そして私が、あの時から今までの経緯を話そう、そしてあらためてお礼を言おうと決め、口を開こうとした瞬間でした。
「ねぇ、おじさん」
「ん? なんだい?」
「お願い事があるんだけど」
「ほぉ、何だろう? 言ってごらんよ」
「僕、スマホが欲しいんだ」
「え、スマホ!?」
「うん、今は小学生でもみんな持ってるし」
「う、う、うっ……しかし、うん、そうかぁ」
そこに打算が働かなかったわけではありません。
ここでこの子にスマホをあげればもっと仕事が上手くいくようになるんじゃないか……なんて。
しかし、今の自分があるのは、ひとつにはこの子のおかげでもあるのです。
ここに来るまでは漠然と考える程度でしたが、今は確信に変わっています。
「だめかな、やっぱり高いよね」
私はすぐ、近くのショップに行き、スマホを買ってやりました。
その時の彼の喜ぶ顔が、またもや忘れられないものとなったのはいうまでもありません。
まともな思考の持ち主なら、見ず知らずの相手にそんなことをするのは狂気の沙汰と言うでしょう。
しかし、そこには投資などではない、特別な気持ちがありました。
神社の境内で一人コマ回しをしていた姿が、この子に初めて出会った時の自分と重なってしまったのです。
この子の寂しさを少しでも紛らわしてやりたいと。
それに、よく考えてみたら、今自分が持っている金、それは本当はみんなこの子の物なんじゃないか、と。
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昨年、海外大手との業務提携がまとまり、私の会社は飛躍的に売り上げを伸ばしています。
座敷わらしの力は計り知れません。
あの時スマホ購入を断っていたらと思うと、逆に恐ろしささえ感じてしまいます。
時々ビックリするような料金を電話会社から請求されるたび、一体何をやってるんだろうと気になることもありますが、おそらくあの子はあの子で上手くやっているのでしょう。
さっき、私のスマホにメールが入りました。
〔ブログ始めました☆〕
おわり