自然数の定義 2 | Chandler@Berlin

Chandler@Berlin

ベルリン在住

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前回の続きである.Peanoの公理は前回を参照のこと.

最初の自然数からは次の自然数というものを作ることができるというのが二番目の定義の言うところである.この操作をする函数をあるものの後者を生むので「後者函数」と言う.これは + 1 という演算を定義していると思って良いだろう.もし 0 があれば次の「何か」(0 の次なら 1 と書くこともあるが,別に0 と違う「何か」ならばなんでも良い) が生成される.ところで,1. 最初の数がある.2.次の数を作ることができる.という2つのルールで自然数の定義ができそうなのだが,これではまだ足りない.

3番目の定義は,後者函数を繰り返す,つまり自然数の足し算(+1)を繰り返していっても最初の数に戻ることはないという意味である.つまり x+1+1+1... としていったらある時突然 0 に戻ることはありえないよ.という意味である.そういう数学(modulo) もあるのだが,自然数の定義では考えない.たとえば,このようなものでない数学としては 12 + 1 = 1 とか 31 + 1 = 1 となるものがある.そんな馬鹿な,と思うかもしれないが,これは日付けの表現である.なんと12月31日の次は1月1日に戻ってしまうのだ.月を見れば 12 + 1 = 1 であり日付けだけ見ると31 + 1 = 1 なのである.時間の表現もそうである.23 時59分の次は 0 時 0分である.そんなのは計算ではないと言うなかれ.計算機の中のカレンダーはもちろんそういう計算をしているのである.だからそういう数学だってある.1 + 1 =2 というのはそんなに普通ではないのだ.これを一番簡単な数学の例として挙げる人がいるが,そんなに簡単ではないと思う.

4 番目の定義は同じ数の次の数は同じであるという意味である.逆に言えば違う数の次の数が同じになることはない.カレンダーの例ではこれは成立していないことがおわかりだろうか.カレンダーの場合,31+1 = 1 (一月), 28+1 = 1 (二月),30+1 = 1 (四月) など違う数の次の数が同じになっている.自然数ではこういうことは起きないというのがこの定義の言う所である.そろそろマービンがあたりまえすぎて嫌になってくることだと言いそうだ.最後の定義は数学的帰納法に関係する.こうやって作られたものは全部自然数とするというものである.

マービン「ところでこれは志賀浩二先生の説明にとっても似てますね.ちゃんと参照しておいた方がいいんじゃないですか.」確かにそうである.確か数学が育っていく物語であったと思うのであるが,残念ながら手元に本がない.私は志賀先生の本が好きで横浜国立大学の公開講座に毎土曜日に電車で2時間かけて通ったことがある.すばらしい講義であった.日本を離れる時にはこの講義を聞きに行くことができなくなることが残念でならなかった.

また Peano の定理というと私は老子と Wittgenstein を考えてしまう.ガイドファンにはたまらない偶然で,老子の「42節」は「道は1より生じ,1は2を,2 は3を,3は万物を生んだ」とはじまる.また,私は Wittgenstein の言ったことを理解しているはずもないが,言葉は世界の写像にすぎないというのはその通りだと思う.λ計算は言葉をまた機械に写像しなおすことにより,論理を世界に還元する.人間が言葉でどう言うかではなく,機械という世界の構成要素が,自然数と同型の動作を見せることができるというだけで私には満足である.

次はついにこの公理をλで示すことを考えよう.