新品から中古まで、こだわり品揃え。
ブルガリ専門ショップ 、D-style店長のこいけです。
ブルガリと聞いて知らない人はいません。
ですが、ブルガリというブランドは知っていても、ブルガリの歴史は知っていますか?
なぜ、ブルガリができたのか?
なぜ、ブルガリは現在のデザインに至ったのか?
そこを知ると、ますますブルガリが好きになります。
それはブルガリに限ったことではなく、どのようなブランドでも歴史があります。
歴史があるからこそ、「ブランド」と呼ばれるようになります。
「歴史知らずして、ブランド物を持つ資格なし!」
と言っても、過言ではないかな、と僕は思います。
それではブルガリの歴史を紐解いてみましょう!
ブルガリは銀細工から始まった
創始者ソリティオ・ブルガリ(1857-1932)は、ギリシャ、カラリテス地方の小さな村に生まれました。
ブルガリ家は古い銀細工師の一族だったそうです。
子供の頃から野望を抱いていたソリティオは、父の細工技術を熱心に学んだそうです。
才能に恵まれた彼は、10代で父の仕事を継承したそうです。
しかし、19歳の頃、セルビアがトルコに宣戦布告。
バルカン戦争の勃発ですね。
バルカン半島での戦闘は激しくなり、ブルガリ家はイタリア、ローマに移住しました。
移住先のローマに初出店!
1884年にローマ、システィーナ通りにて、最初の店を初出店しました。
その後、息子であるコンスタンティノ・ブルガリと、ジョルジュ・ブルガリと協力し、店を移転。
ブルガリ好きなら、誰もがご存知!
コンドッティ通り10番地…
これが現在のブルガリ本店なんです!
1932年にソリティオは死去。
その後はコンスタンティノと、ジョルジュが店を引き継ぎました。
兄弟は店を改装し、これが功を奏しました。
当時、最も権威のある却下時点「トレカンティ」の「店」の項目に掲載されたのです。
その内容はこうでした。
「美しくエレガントなファザード付きのインテリアのジュエリー店」
これは世間にブルガリの名を広く知ってもらう名誉となったのです。
ブルガリ・スタイルの確立
シンプルですが、クリエイティビティなデザイン。
洗練された精巧なフォルム。
皆さんが知る、ブルガリスタイルが生まれたのは20世紀初頭でした。
当時の宝飾界を支配していたのは…
アール・デコ
アール・ヌーヴォー
ロココ
それもフランスの宝飾様式が元となっています。
兄弟はそこから離れることを意識しました。
ギリシャ、ローマの古典主義
イタリアルネッサンス
19世紀ローマ派の金細工
それらのスタイルをブルガリに取り入れ、斬新なコレクションを発表しました。
これがブルガリを象徴するデザインへと変化していったのです。
ちなみに日本に紹介されたのは1987年。
伊藤忠商事によって宝飾のブランド品として紹介されました。
現在ではブルガリグループの年商の26%にあたる2億3800万ユーロを日本市場で稼いでいます。
いかがでしたか?
歴史をほんの少し知っただけでも、見方が変わりませんか?
歴史を知ったら、次はブルガリと他ブランドとの違いを知りましょう!
長らく読んで頂き、ありがとうございます。
ブルガリ専門店D-style、こいけ