木霊するトラスト・オーヴァー・サーティー ~Perfumeにだけ何故か理解を示す大人たち~ | 山本清風のリハビログ
 友人が高円寺でラップを始めるというので、冷やかしてきた。



 平素、中央線特有の草っぽい人々に囲まれている彼がラップ、というのも何だかちぐはぐな感じのするものだがしかし、友の門出を祝わぬ友というのはない。私は手近にあった呑みかけの泡盛一升瓶、ぶら提げて黄色い電車へと飛び乗ったのである。無論、ふろしきで。



 杉並区というよりは中野区とおぼしき頭上を、環状七号線がくるぐるするアパートメントスタイルの内実は、足の踏み場がなく、空缶に屹立の余地なくハイライトが突き刺さっている、といった塩梅。てか、どうにかならんのかこの腐臭は。
 どうにか人ひとり分のスペースをこじ開けて、無理矢理そこに腰を落ち着かせた。私たちは守られているのだ、弁当がら・包装紙・フリーペーパー・ビニール袋・といった所謂、ごみに。



「では、早速始めてくれ」
「まあそう焦るなよ」
 と言下に友人は、カラーボックスからマイクロフォン・PA・シールドの類いを引っ張り出してきた。早速、始めているようだ。
 すると、コンポからしゅくしゅくしゅく、とみみっちいリズムトラックが聴こえてきて「これはいよいよ始まったな」と私は思った。こちらがある種の緊張感を強いられるように、いやそれ以上に、友人は緊張を強いられているようであった。つまり自分に。
 おもむろに口唇が動く。



  お前を抱き寄せる  華奢な・肩
  身を投げ出してる人生の路・肩
  余りに不器用な 俺のやり・かた
  お前しか見えない生まれてこの・かたー



「ちょっと待て」
「え?」
「それ“かた”しか合ってないじゃないか」
「馬鹿、それが“韻を踏む”っつうことなんだよ」
「“っつうこと”って…。それでいくと、“なのら口調”の人間は等しくラッパーなのか?」
「どういうことだよ」



  部長、三番に外線なの・ら
  課長、四番に内線なの・ら
  係長、五月に左遷なの・ら
  お前の姉ちゃん元シノ・ラー



「なんで最後だけ韻踏んでんだよ。この場合踏んじゃ駄目なんじゃないの? むしろ」
「でちゃったんだよ、俺のリリックが」
「それにしたってやっぱり、口調とラップは別なんじゃないの」
「しかしお前のラップは二文字しか合ってないのに対し、なのら口調では三文字も韻を踏むことができるんだぜ」
「“できるんだぜ”って…。それにしたってやっぱり、シノラーは二文字だけどな」
「お前な、やるからにはコンテンポラリーに韻を踏むのではなく、パースペクティブにあちらこちらをきちきちと合わせてみたらどうだ。氷取ってこい」
「ちょっ、人のことリモコンか何かかと思ってるんじゃないのかお前」
「むしろ操るのは俺なんだから、リモコンは俺のほうだろう」
「いいから黙って聴いてろよ、リモコンでホモでロリコンの清風」
 泡盛は氷配して尚頑固。そろそろ私のほうでは彼に、ラップの才能が絶望的に乏しいことを認識し始めていた。となれば余興、となれば酒の肴であるからむしろ、とことんつきあってやろうというのがこちらの腹だった。とゆうか腹が立ってきた。
 リモコンとホモとロリコンでは、合ってる文字は一つもない。



  お前・を抱き寄せる  華奢な・肩
  お前・投げ出してる人生を土・方
  お前・は不器用な俺のあい・かた
  お前・にしか見えない死んだ親・方ー



「……すげえ良くなった」
「だろう。俺だって矢鱈滅法言ってるわけではない、きちんと文学的に裏打ちをされたアドバイスをしているわけだから。しかし土方がみな人生投げ出してるとは思わないけどな」
「言葉が降ってきたんだよ」
「差別や偏見と戦う筈のラッパーがそんなことでどうするんだ」
「そうかあ、それにしても清風すげえなあ。もっとオレのラップをマッシュアップしてくれよ、リリックで」
「お前それ意味わかってないだろう」



 煙草を突き刺す空缶が足りなくなった私たちは、そこいらの残飯や冷えピタの中身にと突き刺してゆきながら、リリックの推敲を重ねた。それは友人にアプリオリに備わった愚鈍さを加速させるという、個人的な享楽を悟られぬように。さておいて、私の主張とはこうである。
『合わせられる韻という韻すべてを踏み倒し、然るのちそれらは重複しているがゆえ、無駄は省かれるべきだ』と。
「韻を踏み倒すったって、どうすりゃいいんだよ」
「まあ聴け」



  だいたいそれがオレのやり・方
  だいたいそれがオレのやり・方
  だいたいそれがオレのやり・方
  だいたいそれがオレのやり・方



「だろ?」
「“だろ?”、って…。それって同じこと四回言ってるだけじゃないの?」
「馬鹿、これは一見同じ字面であってもその実、それぞれ感情が異なっているんだ。それくらい汲み取ったらどうだね」
「だって、みんな同じに聴こえるんだもの」
「しかもこの場合、合致する文字数は15字にもなる」
「でもお」
「くねくねするな。仕方がないから行間の読めないお前のために、おれが注釈をふってやるから、もう一度そこで聴いていなさい」



  だいたいそれがオレのやり・方(そこが好きなんだ☆)
  だいたいそれがオレのやり・方(でもいつもそうだよね)
  だいたいそれがオレのやり・方(なんで話きいてくれないの…?)
  だいたいそれがオレのやり・方(もうどうでもよくなってきちゃった
  …シャブのお陰で)



「それはシャブのお陰じゃないかあ」
「違う、喜怒哀楽なんだ。おかしな二人なんだよ。別れたいけど別れられない、そんなつかず離れずの微妙な関係なんだ。……主にシャブが原因で」
「やっぱりシャブの所為じゃないかあ」
 思えばこいつは昔から、小文字で“h”と書かれたキャップを目深に被っているような人間であった。



「何故そんなにもシャブにこだわるの」
「いいか? そもそもラップとは弾圧された黒人たちが、ギャングの恰好をして差別偏見と戦う黒人霊歌・ブルースでもあるんだ。本来、日本人なら日本人らしくヤクザの恰好で唄うべきだし、選曲だって演歌が相当する実際なんだよ」
「根底から覆すなよう、いままさにやっていることをさあ」
「もう面倒になってきたから、どうなるのかを箇条書きで説明するぞ」
「面倒とか言うなよなあ」



  だいたいそれがオレのやり・方(静脈注射)
  だいたいオレのやり・方(静脈注射)
  だいそれたやり・方(注射)
  大・方(注射)
  土・方



  土
  ド
  ド=C
  C=しい
  死



「水木しげるの短編にな」
「えっ?」
「吸血鬼に憧れる少年を描いた短編、『血太郎奇談』というのがあってな」
「どうしたどうした」
「その面妖な主人公、血太郎生まれて初めて口にした言葉、というのがな」
「はあ…」
「何を隠そう、“死”だったのだよ…」
「おお」
 友人はおもむろマイクロフォンを握りしめると、しぼりだすように



「関係ねえ…」
 呟いた。





 無駄を省いてゆくと、言葉は整理され相殺されやがて、何もなくなる。まさに生みだすことのパラドックスとして死が横たわっているのである、なにも間違ったことは言っていない……。私はゆらり立ちあがると、友人の額へと向け虚空に人差指で“死”の一文字を書きつけた。ここに、ラッパーとしての彼は死んだ。“ラッパー、高円寺に死す”。べつだん、二重引用符を用いた理由などは存在しない。そして、ラッパーとしての彼も。



 ふりかえると、十年来の友人である無職がちょうど私めがけ、一升瓶を振りかぶったところだった。