卵の幹細胞 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

卵の幹細胞

今回の話も前回のMAPCsと同様、眉唾物の報告です。研究者の間でもまだ意見が分かれており、大半が懐疑的な意見を持っておられると思います。


卵巣・骨髄・末梢血・皮膚に卵の幹細胞が存在しており、卵の新生が起こるというお話です。

特に卵母細胞様の細胞ができたという報告は、今回紹介する論文以外にもちょくちょくと報告されているそうです。

成体になっても幹細胞システムで精子を生産する雄と異なり、雌では雌性生殖細胞の卵への分化は出生以前に完了し、出生後は卵の新生は起こらないというのが定説で、この大原則を根底から覆す報告だと言えます。


他の多能性幹細胞とは応用法が違いますが、再生医療の関連技術として取り上げたいと思います。


まず、2004年にハーバード大学のJonathan L. Tillyらのグループによって、卵巣の表層に卵の幹細胞が存在し、卵の新生が行われているという論文が発表されました。


Nature. 2004 Mar 11;428(6979):145-50
Germline stem cells and follicular renewal in the postnatal mammalian ovary.
Johnson J, Canning J, Kaneko T, Pru JK, Tilly JL.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15014492?ordinalpos=5&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


この幹細胞は、生殖細胞・減数分裂マーカーであるMVHとSCP3を発現しており、BrdU染色により増殖していることが示されました。また、幹細胞を選択的に殺す薬剤であるブサルファンで処理することにより卵胞の数が減るという証拠、および、GFPで標識した幹細胞を含む卵巣片を移植すると、GFP陽性の卵が分化することも示しました。

さらに2005年になって、骨髄あるいは末梢血の中に生殖細胞マーカーであるVasa陽性の細胞が存在し、これを卵ができないAtm-/-マウスの静脈へ戻すと、このドナー由来の卵ができるという続報も発表しています。


Cell. 2005 Jul 29;122(2):303-15
Oocyte generation in adult mammalian ovaries by putative germ cells in bone marrow and peripheral blood.
Johnson J, Bagley J, Skaznik-Wikiel M, Lee HJ, Adams GB, Niikura Y, Tschudy KS, Tilly JC, Cortes ML, Forkert R, Spitzer T, Iacomini J, Scadden DT, Tilly JL.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16051153?ordinalpos=5&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


※ちなみに雄でも骨髄の細胞から精子ができたという報告もあるそうです※


しかし、ハーバード大学のAmy J. Wagersらのグループによって、排卵される卵は、骨髄や末梢血由来の細胞を含まないとの反証論文も発表されています。


Nature. 2006 Jun 29;441(7097):1109-14
Ovulated oocytes in adult mice derive from non-circulating germ cells.
Eggan K, Jurga S, Gosden R, Min IM, Wagers AJ.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16799565?ordinalpos=6&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


さらに2006年になって、グエルフ大学のJulang Liらのグループによって、ブタの皮膚由来の幹細胞から卵様の細胞を作製したという報告も出ました。「皮膚」ですよ。驚きです。


Nat Cell Biol. 2006 Apr;8(4):384-90
In vitro germline potential of stem cells derived from fetal porcine skin.
Dyce PW, Wen L, Li J.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16565707?ordinalpos=7&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


このグループは以前から、神経分化できるような皮膚の幹細胞を樹立しており、この幹細胞を卵胞液を加えた培地で培養すると、卵母細胞様の細胞が出てくるらしいのですが、これを成熟培地に移すだけで80-100μmのもの が作製できるというなんとも信じがたい話です。。
卵丘卵子複合体のような形態を示すは、透明帯はあるは、減数分裂するは、ホルモン分泌するはで何か話ができすぎている気がします…


最後に、きちんと強調しておかなければならないことがあります。

これら上記の推定生殖細胞すべてに言えることなのですが、これらはあくまで生殖細胞「様」細胞であり、全くもって完全な生殖細胞ではありません。

生殖細胞は最終的に子供ができなければ意味をなしませんが、これらの生殖細胞様細胞を用いて子供が生まれたという例はないと思います。

生殖細胞が生殖細胞であるための最低条件として、①インプリンティングが成立している、②半数体である、ということが挙げられると思いますが、この二つの条件を同時に満たしたものすらないのが現状です。


ずっと先の将来には不妊治療、再生医療、発生工学への応用が可能になるかもしれませんが、まだまだ道のりは険しいと思います。





(09年4月13日追加)

今度は、マウスで卵の幹細胞(雌生殖幹細胞, female germline stem cells(FGSCs))を樹立し、不妊マウスの卵巣に移植して、幹細胞由来の子供を生ませたという論文が上海交通大学のJi Wuらのグループにより発表されました。


卵子の幹細胞移植し不妊マウスの出産成功 中国の研究者

をご参照下さい。


ただ、データに怪しい部分がありますので、本当かどうか判断するのは他の研究者の追試を待った方がいいと思います。