ES細胞と体細胞の融合技術 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

ES細胞と体細胞の融合技術

連続してiPS細胞関連の記事が続きましたので、今回からは少し変えて、今までに説明したiPS細胞やクローンES細胞(ntES細胞)以外にも、何種類か再生医療のための多能性幹細胞のソースが考案されているという話をしていきたいと思います。


今回はES細胞と体細胞の融合技術に関する話です。


クローン羊ドリーの誕生で示されたように、哺乳類の未受精卵には体細胞を初期化・リプログラミングし、未分化な状態に戻す能力があることが知られています。

この体細胞を初期化する能力が、ES細胞にも備わっていることを示す論文が、京都大学の多田高先生らのグループにより発表されました。


Curr Biol. 2001 Oct 2;11(19):1553-8
Nuclear reprogramming of somatic cells by in vitro hybridization with ES cells.
Tada M, Takahama Y, Abe K, Nakatsuji N, Tada T.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11591326?ordinalpos=11&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


この論文では、ES細胞と体細胞の融合細胞では、ES細胞の特徴であるX染色体の活性化が体細胞由来の染色体でも確認され、ES細胞様のコロニーを形成し、体細胞由来の染色体から未分化マーカーであるOct3/4が発現していることが示されています。

さらに、この融合細胞は、キメラ形成実験により三胚葉へ分化できることが示されました。(後にテラトーマ形成実験によっても三胚葉分化能が示されています)


ヒトの体細胞とヒトのES細胞を用いた場合でも、同様の結果が得られることが、ハーバード大学のKevin Egganらのグループにより示されています。


Science. 2005 Aug 26;309(5739):1369-73
Nuclear reprogramming of somatic cells after fusion with human embryonic stem cells.
Cowan CA, Atienza J, Melton DA, Eggan K.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16123299?ordinalpos=8&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


しかし、このようにして作られた融合細胞は、ES細胞由来の染色体と体細胞由来の染色体が混在する4倍体であり、移植医療のソースとしては適していないのです。

というのも、患者さんから採取した体細胞とES細胞を融合させて作製したES細胞様融合細胞から分化させた細胞を移植医療のソースとして用いても、ES細胞由来の染色体が持つ遺伝情報から発現したタンパク質は、患者さんにとっては異物であると認識され、拒絶反応が起こってしまうと考えられるからです。


そこで、このES細胞と体細胞の融合細胞からES細胞由来の染色体を除去する二つの方法が提案されました。

一つは、モナシュ大学のPaul J. Vermaらのグループによって発表されたもので、細胞融合後、核の融合に先立つヘテロカリオンの状態で遠心分離して、ES細胞由来の核のみを除核する手法です。


Cloning Stem Cells. 2005;7(4):265-71
A novel method for somatic cell nuclear transfer to mouse embryonic stem cells.
Pralong D, Mrozik K, Occhiodoro F, Wijesundara N, Sumer H, Van Boxtel AL, Trounson A, Verma PJ.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16390262?ordinalpos=17&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


しかし、体細胞を初期化するにはES細胞の核が必要であることが、ペンシルベニア大学のHans R. Schölerらのグループによって示されているため、上記の手法は実際には使えないと考えられます。


Stem Cells. 2004;22(6):941-9
Nuclei of embryonic stem cells reprogram somatic cells.
Do JT, Schöler HR.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15536185?ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


そこで、京都大学の多田高先生らのグループによって、相同組換え技術を応用して不安定な融合染色体を作り出すことで、核の融合後にES細胞由来の染色体のみを選択的に除去するという手法が考案されました。


Nat Methods. 2007 Jan;4(1):23-5
Targeted chromosome elimination from ES-somatic hybrid cells.
Matsumura H, Tada M, Otsuji T, Yasuchika K, Nakatsuji N, Surani A, Tada T.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17086180?ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


現在のところ、特定の染色体の除去には成功していますが、ES細胞由来の染色体をすべて除去することには成功していません。

ES細胞由来の染色体をすべて除去するのが理想ですが、MHC抗原をコードする遺伝子を持つ染色体を除去することでも、拒絶反応が軽減できると考えられています。

また、細胞融合を用いる方法では、融合細胞の選抜に伴い、薬剤耐性遺伝子の導入などの遺伝子改変の必要があり、遺伝子の挿入部位によっては癌化のリスクがあり、臨床応用には注意が必要であると考えられます。


しかし、再生医療の一つの選択肢として研究されるべき重要なテーマであることは間違いないですし、この染色体を丸ごとごっそり除去する技術は、今後、生物学の1ツールとして使われるようになるのではないかと思います。





(09年12月24日追加)

スタンフォード大学のHelen M. Blauらのグループにより、多能性へのリプログラミングにはAID依存的なDNA脱メチル化が必要とされることを示した論文が発表されました。

マウスES細胞とヒト線維芽細胞との異種間細胞融合によるリプログラミングの系で、細胞分裂およびDNA複製を経ないでOCT4, NANOGが活性化するような急速なリプログラミングが起こり、これらの遺伝子のプロモーター領域におけるDNA脱メチル化が観察されるが、siRNAでAIDをノックダウンするとこの脱メチル化が阻害されること、AIDは、ヒト線維芽細胞においてOCT4とNANOGのプロモーター領域に結合しているが、マウスES細胞においては結合していないことを示しています。


エピジェネティックゲノムリプログラミングにおけるactiveな脱メチル化は一体どのような機構で起こっているのかについては、様々な報告がなされており、まだ決定打と言えるものはなかったと思いますが、果たして以前のウォルフ・レイクによる報告(こちら )とこれが決定打となるのでしょうか…


Nature. 2009 Dec 21. [Epub ahead of print]

Reprogramming towards pluripotency requires AID-dependent DNA demethylation.
Bhutani N, Brady JJ, Damian M, Sacco A, Corbel SY, Blau HM.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20027182?itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum&ordinalpos=2


多能性へのリプログラミングはAID依存的なDNA脱メチル化を必要とする 」をご参照下さい。





(10年7月9日追加)

南カリフォルニア大学の長谷川光一先生らのグループによって、リプログラミング因子導入によるヒトiPS細胞樹立、ヒトES細胞と体細胞間での細胞融合、ヒトES細胞細胞質と体細胞の融合のリプログラミング効率を比較したという論文が発表されました。

iPS細胞樹立の場合、4週間以上かかり、効率は0.001%以下だったのに対し、細胞融合の場合では、10日以内で0.005%以上だったのに加え、部分的なリプログラミングを受けたコロニーはほとんど現れない、細胞質融合の場合は、リプログラミングは始まるものの、完全にリプログラミングされることはなかったとのこと。

また、一時的にリプログラミング因子を導入後、ヒトES細胞と融合させることでリプログラミング効率が向上することも示しています。


Stem Cells. 2010 Jun 22. [Epub ahead of print]

Comparison of Reprogramming Efficiency Between Transduction of Reprogramming Factors, Cell-Cell Fusion, and Cytoplast Fusion.
Hasegawa K, Zhang P, Wei Z, Pomeroy JE, Lu W, Pera MF.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20572011?dopt=Abstract


リプログラミング因子導入、細胞間融合、細胞質融合のリプログラミング効率の比較 」をご参照下さい。





(11年3月14日追加)

インペリアル・カレッジ・ロンドンのAmanda G. Fisherらのグループにより、ES細胞と分化細胞の融合によるリプログラミングにはPRC2が必要とされることを示した論文が発表されました。


Cell Stem Cell. 2010 Jun 4;6(6):547-56.

ESCs require PRC2 to direct the successful reprogramming of differentiated cells toward pluripotency.
Pereira CF, Piccolo FM, Tsubouchi T, Sauer S, Ryan NK, Bruno L, Landeira D, Santos J, Banito A, Gil J, Koseki H, Merkenschlager M, Fisher AG.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20569692?dopt=Abstract


ES細胞は分化細胞を多能性へリプログラミングするのにPRC2を必要とする 」をご参照下さい。