拒絶反応回避とクローン技術 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

拒絶反応回避とクローン技術

今回は治療クローニング(Therapeutic Cloning)と呼ばれる技術に関するお話です。


ES細胞を用いた再生医療は、世界中でその増殖と細胞分化に関する研究がなされているのにも関わらず、臨床応用には至っていません。


その要因の一つは、前記の記事のように、ES細胞は、胚から樹立されるため、その際に生命の根源をなす胚を滅失してしまうという倫理的な問題が発生するためです。


そして、もう一つ大きな問題があります。
それは移植時の拒絶反応に関する問題です。
ES細胞を特定の細胞種に分化させた後に、患者にその細胞を移植するというのが、ES細胞を用いた再生医療の基本なのですが、ES細胞の持つ遺伝情報は、由来する胚の遺伝情報と一致し、患者の持つ遺伝情報と異なっているために、移植した後に拒絶反応が起こってしまうのです。


そこで、拒絶反応の問題を解決するために、患者由来の体細胞の核を、除核した未受精卵に移植して作製したクローン胚からES細胞を樹立するという手法が研究されてきました。

この研究においては、クローンマウスを世界で初めて生み出した研究者である、現理研CDBの若山照彦先生らのグループが大きな貢献をしています。

若山先生はクローンの研究者であれば誰もが知っているスーパーテクニックの持ち主で、マウスクローンおよびマウス核移植ES細胞(ntES細胞と略します)の第一人者です。


Nat Genet. 2007 Mar;39(3):295-302.
Nuclear reprogramming of cloned embryos and its implications for therapeutic cloning.
Yang X, Smith SL, Tian XC, Lewin HA, Renard JP, Wakayama T.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17325680?ordinalpos=53&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


2002年、マサチューセッツ工科大学(MIT)のRudolf Jaenischらのチームによって、この手法を用いた、拒絶反応のない移植医療のモデルを示した論文が発表され、以後、将来の再生医療の姿として脚光を浴びました。


Cell. 2002 Apr 5;109(1):17-27
Correction of a genetic defect by nuclear transplantation and combined cell and gene therapy.
Rideout WM 3rd, Hochedlinger K, Kyba M, Daley GQ, Jaenisch R.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11955443?ordinalpos=24&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


この報告では、免疫不全モデルマウスの体細胞の核を、除核した未受精卵に移植して作製したクローン胚を、胚盤胞期まで発生させ、その内部細胞塊からES細胞を樹立しています。

さらに、ES細胞の高い増殖能を利用して、相同組換えにより遺伝子治療を行った後に、造血幹細胞まで分化誘導し、モデルマウスに移植することで免疫不全の治療を行っています。


これらの研究を元に、ソウル大学のWoo Suk Hwangらのグループは、2004年にヒトの体細胞を用いてntES細胞を作製したと報告、翌2005年には、大幅に作製効率を向上した上に、患者から採取したヒト体細胞を用いて、患者特異的な遺伝子を持つntES細胞を作製したと報告しました。


Science. 2004 Mar 12;303(5664):1669-74
Evidence of a pluripotent human embryonic stem cell line derived from a cloned blastocyst.
Hwang WS, Ryu YJ, Park JH, Park ES, Lee EG, Koo JM, Jeon HY, Lee BC, Kang SK, Kim SJ, Ahn C, Hwang JH, Park KY, Cibelli JB, Moon SY.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14963337?ordinalpos=80&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum

Science. 2005 Jun 17;308(5729):1777-83
Patient-specific embryonic stem cells derived from human SCNT blastocysts.
Hwang WS, Roh SI, Lee BC, Kang SK, Kwon DK, Kim S, Kim SJ, Park SW, Kwon HS, Lee CK, Lee JB, Kim JM, Ahn C, Paek SH, Chang SS, Koo JJ, Yoon HS, Hwang JH, Hwang YY, Park YS, Oh SK, Kim HS, Park JH, Moon SY, Schatten G.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15905366?ordinalpos=118&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


当時、霊長類ですらntES細胞は作製されていませんでした。

霊長類におけるクローニングでは、核移植の除核の際に、未受精卵に含まれる物質を取り除き過ぎていることが、低発生率の原因とされていたのですが、これらの報告では、押し出し法と呼ばれる、日本で開発され、家畜クローンにおいていくつかの研究室で使われていた方法を応用することによって、その問題点をクリアしたと主張していました。


Dev Biol. 2004 Dec 15;276(2):237-52
Embryogenesis and blastocyst development after somatic cell nuclear transfer in nonhuman primates: overcoming defects caused by meiotic spindle extraction.
Simerly C, Navara C, Hyun SH, Lee BC, Kang SK, Capuano S, Gosman G, Dominko T, Chong KY, Compton D, Hwang WS, Schatten G.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15581862?ordinalpos=63&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


世界中の研究者が追試に挑戦しましたが、「成績が良くなるどころか、むしろ悪くなる」といった結果も出、研究者の間で、首をかしげる人が多くなっていきました。

そして、2005年12月、ついに研究結果が捏造であることが判明した上に、未受精卵の入手をめぐる金銭のやり取りや、関係者からの未受精卵の採卵において強制があったのではないかという問題などが指摘され、2006年1月には、これらの論文は撤回されました。


この事件により、幹細胞研究に対する風当たりが強くなり、その研究は一時停滞を余儀なくされることとなります。論文の審査も厳しくなったと言われています。


また、この事件にからんで、ヒトntES細胞の作製に関する倫理的問題の議論が活発化することとなりました。

核移植技術がヒトに応用された際、クローン胚を子宮に戻すと、クローン人間の作製に繋がりうるという点。

核移植の効率の悪さから多量の未受精卵が必要となり、その入手に関して様々な問題が想定される点。

が次に解決すべき大きな問題となりました。



前回の記事で書いた問題や、今回の記事で書いた問題を、一挙に解決してしまったのが、iPS細胞なのですが、次回は、今回最後に書いた2つの問題を解決するための方法論について書こうと思います。