ES細胞樹立時における倫理的問題の回避法 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

ES細胞樹立時における倫理的問題の回避法

ES細胞の技術がヒトに応用される際、生命の萌芽である受精卵を滅失してしまうという倫理的な問題が発生します。

特にアメリカでは、ブッシュ政権を支持しているキリスト教原理主義団体が強く反対しているため、連邦政府からの公的研究費による新たなヒトES細胞の樹立が禁止されています。

日本でも、ヒトES細胞の研究には非常に大きなハードルを乗り越えないと着手できません。

そこで、生命の萌芽を滅失することなく、新たにヒトES細胞を樹立する研究が進められました。


まず、ベースとなったのが、胚盤胞期より前の段階である桑実胚期においてヒトES細胞を樹立したという、シカゴ生殖遺伝学研究所のYury Verlinskyらのグループによる報告です。


Reprod Biomed Online. 2004 Dec;9(6):623-9

Morula-derived human embryonic stem cells.

Strelchenko N, Verlinsky O, Kukharenko V, Verlinsky Y.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15670408?ordinalpos=2&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


続いて、オックスフォード大学のPaul J. Tesarによって、生殖細胞にもなり得る「真の意味での」ES細胞が、胚盤胞期より前の段階のマウス胚において樹立できることが示されました。


Proc Natl Acad Sci U S A. 2005 Jun 7;102(23):8239-44

Derivation of germ-line-competent embryonic stem cell lines from preblastocyst mouse embryos.

Tesar PJ.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15917331?ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVAbstractPlusDrugs1


しかし、上記の方法は依然として胚全体を使うため、生命の萌芽を滅失してしまいます。

そこで、Advanced Cell Technology社(ACT)のRobert Lanzaらのグループは、着床前診断に使われる手法を応用することにより、胚盤胞期以前の卵割期の胚の単一割球のみを用いて、胚の発生能を損なうことなく、ES細胞を樹立する技術をマウスとヒトの両方で開発しました。


Nature. 2006 Jan 12;439(7073):216-9

Embryonic and extraembryonic stem cell lines derived from single mouse blastomeres.

Chung Y, Klimanskaya I, Becker S, Marh J, Lu SJ, Johnson J, Meisner L, Lanza R.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16227970?ordinalpos=13&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum

Nature. 2006 Nov 23;444(7118):481-5

Human embryonic stem cell lines derived from single blastomeres.

Klimanskaya I, Chung Y, Becker S, Lu SJ, Lanza R.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16929302?ordinalpos=108&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


この技術開発により受精卵を破壊せずにES細胞の樹立を行える可能性が出てきました。

Lanzaらは2008年になって、実際に受精卵の発生能を損なうことなくヒトES細胞を樹立することに成功しています。


Cell Stem Cell. 2008 Feb 07;2(2):113-7

Human Embryonic Stem Cell Lines Generated without Embryo Destruction.

Chung Y, Klimanskaya I, Becker S, Li T, Maserati M, Lu SJ, Zdravkovic T, Ilic D, Genbacev O, Fisher S, Krtolica A, Lanza R.

http://www.cellstemcell.com/content/article/abstract?uid=PIIS193459090700330X


また、これらの手法とは別に、ニューキャッスル大学のMiodrag Stojkovicらのグループが、発生停止したヒトの胚からES細胞を樹立することに成功しました。


Stem Cells. 2006 Dec;24(12):2669-76

Derivation of human embryonic stem cells from developing and arrested embryos.

Zhang X, Stojkovic P, Przyborski S, Cooke M, Armstrong L, Lako M, Stojkovic M.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16990582?ordinalpos=99&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


これにより、不妊治療において廃棄されていた過剰な胚を用いることが可能になりました。


2008年には、ハーバード大学のGeorge Q Daleyらのグループが、形態上低品質であると判定され、不妊治療で使えない胚からヒトES細胞を樹立する実験を行い、胚発生の後期(d5)において低品質であると判定された胚からは、通常用いられる凍結胚からの樹立と変わらない効率で、ヒトES細胞が樹立できることを示しました。


Nat Biotechnol. 2008 Feb;26(2):212-4

Human embryonic stem cell derivation from poor-quality embryos.

Lerou PH, Yabuuchi A, Huo H, Takeuchi A, Shea J, Cimini T, Ince TA, Ginsburg E, Racowsky C, Daley GQ.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18223642?ordinalpos=2&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


これらのように、倫理的問題を回避しつつ、新たにヒトES細胞を樹立する方法が確立されつつあります。

iPS細胞が樹立されたとしても、ES細胞の研究は欠かせません。

あまり知られていませんが、日本では現在、たった3株のヒトES細胞しか樹立されていません。

樹立に関して厳しい規制がしかれるのは仕方ありませんが、日本では使用に関しても厳しい規制がしかれており、研究に制限がかかり、世界に遅れをとっています。

実は、あの山中先生ですら、日本ではヒトES細胞を扱ったことはないそうです。

山中先生はヒトES細胞を扱うために、アメリカでもラボを持っています。

ヒトiPS細胞がたまたま早い段階で樹立できたからいいものの、研究のやりやすさを考えると、拠点をアメリカに移すことも考えていたそうです。

http://www.sciencemag.org/cgi/content/summary/319/5863/562?maxtoshow=&HITS=10&hits=10&RESULTFORMAT=&andorexacttitleabs=and&fulltext=yamanaka+shinya&andorexactfulltext=and&searchid=1&FIRSTINDEX=0&resourcetype=HWCIT



規制が緩和され、日本でもヒトES細胞の研究が広く行われるようになることを切に願います。