多能性 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

多能性

今回はES細胞が持つ能力、「多能性」(pluripotency)についてです。


幹細胞が持つ分化能は大きく分けて4種類に分類されます。

「全能性」(totipotency)

「多能性」(pluripotency)

「多能性」(multipotency)

「単能性」(unipotency)

です。あれ?真ん中二つは同じだろ?と思われると思いますが、pluripotencyとmultipotencyは意味は違うのですが、日本語訳は同じなのです。。

pluripotencyという言葉は報道においては、「万能性」と表現されていますが、研究者の間で万能性と表現することはほとんどありません。一般の方向けの講演などでは使われますが、学会などでは共通語が英語なので、pluripotencyという言葉がそのまま使われています。

万能性という言葉は全能性と区別しにくいですし、唯一全能性を持つ受精卵との距離が縮まってしまって、万能性を持つ細胞にも命の尊厳を与えるべきだとかいう無理やりな倫理問題の転換があっては救われる命も救えないことになってしまいます。

極端な話、万能細胞は単なる細胞であって、やはり、神秘的な力を持つ受精卵とは差をつけるべきだと思いますので、今後、このブログでもpluripotencyは多能性と記述したいと思います。


話が大分それてしまいました。。


多細胞生物というのは、卵と精子が受精し、受精卵がつくられ、そのたった一つの受精卵が、自発的に増殖と分化を繰り返して、体を構成する多種多様な細胞ができ、秩序だって三次元的な構造が構築されてできます。たった一つの細胞に、体を立体的に構成するありとあらゆるプログラムがインプットされているのです。この受精卵だけが持つ、神秘的なまでの分化能力のことを「全能性」(totipotency)と呼びます。


幹細胞というのは、大きく分けて、受精卵から作製される胚性幹細胞(ES細胞)と、胎児および成体を構成する組織中に存在する組織幹細胞に分けられます。

(この他に、胎児性幹細胞、成体幹細胞、体性幹細胞、生殖幹細胞などの分類もあります。詳しくは「幹細胞って何? 」をご覧下さい。)


組織幹細胞は有名どころでは、造血幹細胞、神経幹細胞、生殖幹細胞が挙げられます。

造血幹細胞は赤血球、白血球、血小板のもと。

神経幹細胞はニューロン、グリア細胞のもと。

生殖幹細胞は精子、(卵??)のもとです。

つまり、組織幹細胞というのは、一般的に、ある細胞系譜の細胞のみを作り出すことができる幹細胞と言えます。


これら、組織幹細胞が持つ能力のうち、一部の細胞系譜に属する複数の細胞種を作り出す分化能力のことを「多能性」(multipotency)と呼びます。

※実はこれら、組織幹細胞は意外と幅広い分化能(正確には「可塑性」(plasticity、基本的には特定の胚葉に分化するが、胚葉を超えた分化もできるという能力)と呼びます。)を持っているかもしれないという報告がなされつつあります。(捏造??や間違いだった例も多いのですが。。)これについてはまた後ほど。。※

ちなみに、分かりやすくするためにmultipotencyを「複能性」と呼ぼうという提案もされています。


一方、幹細胞と言っても、必ずしも複数の細胞種を生み出す能力を持つとは限らず、中には生殖幹細胞(精原細胞、精子幹細胞)のように単一の細胞種にしか分化できない「単能性」(unipotency)を持つものもあります。


そして、胚性幹細胞(ES細胞)が持つ分化能力のことを「多能性」(pluripotency)と呼びます。

ES細胞は前述のように、将来、胎児などの胚体組織をつくる細胞集団であるICMから樹立された細胞なので、当初は胎盤などの胚体外組織以外のすべての細胞になり得る能力として定義されました。


しかし、ヒトES細胞は胚体外組織にも分化できること、また、現理研CDBの丹羽仁史先生らのグループやケンブリッジ大学のM. Azim Suraniらのグループによって、マウスES細胞も、特定の条件下において胎盤などの胚体外組織へも分化できることが分かりました。


Nat Genet. 2000 Apr;24(4):372-6

Quantitative expression of Oct-3/4 defines differentiation, dedifferentiation or self-renewal of ES cells.

Niwa H , Miyazaki J , Smith AG.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10742100?ordinalpos=8&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


Cell Stem Cell. 2008 Oct 9;3(4):391-401.
Dynamic equilibrium and heterogeneity of mouse pluripotent stem cells with distinct functional and epigenetic states.
Hayashi K, Lopes SM, Tang F, Surani MA.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18940731?ordinalpos=3&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_DefaultReportPanel.Pubmed_RVDocSum

また、ES細胞を特定の条件下で分化させることで、体外で卵を作製することができるのですが、この卵様の細胞は、自発的に分裂、発生して、将来胚体外組織を形成する細胞集団である栄養外胚葉と、将来胚体組織を形成する細胞集団であるICMのような構造を持つ、胚盤胞期の胚のようなものになることが分かりました。


Science. 2003 May 23;300(5623):1251-6

Derivation of oocytes from mouse embryonic stem cells.

Hübner K , Fuhrmann G , Christenson LK , Kehler J , Reinbold R , De La Fuente R , Wood J , Strauss JF 3rd , Boiani M , Schöler HR .

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12730498?ordinalpos=94&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum


これらの報告から、現在では「pluripotentcy」とは、それ自体では個体になり得ないが、すべての細胞・組織に分化できる能力とされています。


「それ自体では個体になり得ないが」って、なら、どういう操作をすれば個体になり得るの?という疑問がわくかもしれません。

実はES細胞は、桑実胚期や胚盤胞期の胚に戻すと、胚の細胞とES細胞が混じりあい、体の一部がES細胞に由来する細胞で構成された動物を生みだすことができるのです。こうやって産まれた動物のことをキメラ動物と呼び、細胞の分化能を調べる実験や、遺伝子改変動物の作製などに用いられているのです。

細胞の分化能が高いほど、キメラ中の多くの組織に寄与することができます。

ちなみに細胞の分化能を調べる実験としては、キメラをつくる他に、2種類が多用されます。

一つは胚様体(Embyoid Body, Embryonic Body, EB)形成。

一つはテラトーマ形成です。

胚様体とは、ES細胞を、コーティングしていないディッシュで、分化培地中で浮遊培養することで得られる胚のような形態をした細胞塊で、テラトーマとは、ES細胞を、ヌードマウスなどの免疫不全マウスの皮下に移植して得られる癌のことです。

分化させた胚様体やテラトーマを切片にして、組織特異的な抗体を用いて染色することなどで、どんな組織に分化したかを判定します。

この時に三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)すべてに分化できたかどうかが多能性の指標となります。


多能性のあるES細胞を分化させて、胚様体やテラトーマを作ったとしても、ありとあらゆる分化細胞を得ることができるのですが、それらは全く秩序立っておらず、でたらめで、ごちゃ混ぜです。

ここが、自発的に秩序立った個体を形成できる全能性を持った受精卵との決定的な違いです。


なんとなく分かって頂けたでしょうか??