ブラジル体験談シリーズ②完結編 | FCレガッテ大分【U15・U12・School】

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ボスが大声でスラム中に叫ぶように「こいつらは大丈夫だ!安心しろ!」


「えっ!?」

(それはこっちに言って欲しいセリフなんだよ!)


3人とも100%そう思いながらただ時間だけが過ぎる。


黒人サングラスのボスは映画のワンシーンのちょうどこのあたりで感動の場面に切替わりま~す!みたいな演出。これ映画の撮影?笑

いや!演出じゃない!僕らはこの命が残るのか減るのかの瀬戸際にいるのだ!こんな時にふざけるな!自分!


感情を揺さぶられるとはこのこと。

死を覚悟していた人間に安らぎのドアが開く。ほんの一瞬ボスに心を許してしまいそうになる。って、なってる場合じゃない!笑


にしても、時速10キロ以下のスピードでゆっくりと進むシボレーからスラムのボスが身を乗り出してこいつらに手を出すなと訴えてくれている。

「僕らはVIP待遇なのかな?」

クララにそう言って目をやったときのクララの表情は、既に膠着状態。死人の目。

おじいちゃんの顔まで見る勇気はもはやなかった。
もうハンドルを持ってなくてもいい…

今のこの状況を考えれば、ハンドルを持とうが持ってなかろうがもはや一緒のことだ。と…。


そして僕がまたよくやる失敗をしでかす。
ボスの目が無いうちに!と、ここぞとばかりにデジカメを取り写真を撮ろうとしたその時!

「辞めて!」パシッ!ガチャ!!!

クララが僕の持つデジカメを弾き落とした。

「ホントに危ないのがわからないの!?」


お客様はどっち?状態になってしまう。
人間、キレたら客もスタッフも無くなるのか…また1つ学べたぞ!


いつものバカポジティブに受け止め、負傷したデジカメの修理をしていると
声をからせたボスが

「この先に車をとめるんだ。」



ここは…


コンクリートの空き地…



サッカーゴールさえ、無い…


フェンスで囲まれたフットサルコートくらいの狭さ。


当然、珍しいもの見たさに人だかりができてくる。


そして、こちらを見ながらボスになにやら色々話す若者の集団の姿が…

嫌な予感的中!

そのままこちらへ、うわー!!っと押し寄せてくる!


数十名が津波のように僕を飲み込む。

若者達「@@@@@!!」


もみくちゃにされながら「クララ何て?」


「俺を日本へ連れていけって言っています。」(いつのまに通訳に戻ってる)


「えっ?」


凄いところへ来てしまった。その時そう思った。

皆、自分の実力を日本にアピールしたいと僕にお願いしていたのだった。

このハングリー精神で、ブラジル代表が日本代表を一歩リードしていたわけだ。


その場の口コミで一気に子供から若者までが数十名集まった。

スラムの口コミ凄い!ここでスクールでも作ろう!

自分の愚かさもすごい!まずどこからお金が流れるんだ!


サッカーボールの代わりに何か布か紙を丸めたようなもので遊ぶ子供もいた。

ほとんどが裸足。


ボスが紹介してくれたスラムのおばちゃんがその場を仕切ってくれた。

結局、これから子供達とサッカーをして、最後にボールを渡すということになった。


そしていよいよサッカーの試合開始!デジカメが修理中のため、クララにお願いしてクララのデジカメでとってもらう。


って、このコンクリートがかなり暑い!気温は40度近く!

靴から暑さが伝わるくらい熱い!


でも、子供達は皆裸足。


郷にいれば郷に従え。

誰からもさせられもしないのに、数分後、裸足にチャレンジしてしまう。


そして試合に戻る。

第一印象は、皆上手い!何が?「かけひきが!上手過ぎる!」

日本に良くいる、僕サッカー好きだけど苦手です。みたいなタイプの子でも「めちゃくちゃうまい!」底辺がうますぎる!

クララによると、ここのスラムで夢を叶えるといったらサッカー選手しかないそうです。


確かに、近くの地区のスラムにロマーリオという伝説の選手が作ったサッカー場だってあった。ああいうのをまじかで見て育っているから、サッカー=夢を叶えられる場所なのだ!


皆小さい頃からマジでやってるのがサッカーなのだ!

日本だと、可愛いもので、近くの公園とかで、「えい!コロコロ~。パパ取って~。」こんなものだろう

スラムはヤバイんです!

普通の道路でまじサッカーやってます!子供同士ならケンカ寸前!親と子だって真剣なんです!


アルゼンチンでいつもお世話になるビジャ(スラム)なんて公園で若者達がお金をかけてやるカケサッカーやってて人が殺されたなんて話も聞きました。


命までかけてサッカーやってるんです!


日本はどうでしょう。


種類が違うんです!全く!


遊びじゃないんです!


試合後、1人のスラムの若者に聞いた。

「なぜサッカー選手になりたいの?」


「お母さんに薬を買ってあげたい!」

かなりシビアだ。


ある子は

「親に家を建ててあげたい」


ある子は…


聞いていてだんだん悲しくなってきた。

彼らが可哀想だということではなく、彼らが成功したい理由が自分のことではないからだ!


母のために、両親のために、兄弟のために、人のために…


自分の不甲斐なさを痛感した瞬間だった。

お金は人のためにできるだけ使おう!そう決断した瞬間だった!
この学びは今でも変わらない。


実は、ここのスラム、ほとんどの子供達が非行に走るのだそう。

だから、少しでもサッカーに目を向けさせてあげられることはここの地区の環境を救います。


スラムのおばちゃんはそう言ってくれた。


ありがとう!おばちゃん!

僕も相当に悩んでた。

1年間ずっと夢見てきたスラム訪問!

地元大分で相談したあるおっちゃんから「バカヤロウ!スラムは環境が悪いからハングリー精神でスーパースターが生まれるんだろうが!環境を良くすることをしたら、スーパーが生まれる環境が無くなる。今の日本みたいになんでもあるから気持ちがブレて何も達成できやしない。お前は言ってることとやってることが全く逆だ。」


これには全く何も言い返せなかった。

悔しい想い。


本当に当時23歳の僕には自分のしようとしていることが正しいことなのか、それを具体的に教えてくれる人がいなかった。


でも、現地のスラムおばちゃんはそれを肯定してくれた。

涙が出た。


「クララ、今写真取るとこ!笑」

僕の想いを知っていたクララおばちゃんも泣いてくれた。


そうやって、無事にイベントは終了。

子供達も大喜びで初めてみるサッカーボールのメーカーやスパイク、シャツなどに興奮しっぱなしだった。

最後に撮った写真と、スラムの子供達が即席で作ってくれた感謝状は今でも僕の宝物。


ボスと最後に固い握手!
有難う!


このように10年前から毎年ブラジルやアルゼンチンの各地を回って(現場に入ってここ2年くらいはいけてない。泣)きている。そうやってスラムにボールを寄付(投資)した初めての日本人と言われるようになったのでした。


南米ではメディアや新聞にも出て、こっちでいう県知事さんに感謝状もいただいています。



日本人は成功の選択肢が多すぎる。

ブラジルのスラムは成功の選択肢が極端に少ない。

この環境が人をブレさせないのだろう。


僕はそれから、ゴールをできるだけ明確にして、できるだけ短時間で達成するため、他の選択肢を無くしていくようにしたことは言うまでもありません。


(この物語は完全な実話です。)


如何でしたでしょうか?

何か少しでも皆さんの人生のお役に立てれば幸いです。


今日も皆さんに幸運が訪れますように。



こんな具合で、学生時代からかなり無茶をたくさんしてきたので、またそんな体験談を載せられたらと考えています。


何の為に?


もちろん、選手の明るい将来のためにです。


選手の生きる力を身に付けるサポートに全力投球!

いつもFCレガッテを応援いただきありがとうございます。