拝啓 シャビ・エルナンデス 様 | picture of player

拝啓 シャビ・エルナンデス 様

拝啓 シャビ・エルナンデス 様

シーズンも深まってきた折、いかがお過ごしでしょうか?

先頃のレアル・マドリードとの4連戦はお疲れさまでした。コパ・デル・レイは残念でしたが、1勝1敗2分けで、リーグ優勝&CL勝ち抜けを決めたのは上首尾と言ってもよい結果だと思います。

さて、今回お手紙をさし上げましたのは、ほかでもありません。
「アンチ・フットボール」の件についてです。

貴兄が所属するFCバルセロナは、非常に強いチームです。結果がそれを証明しています。リーガ・エスパニョーラでは2位のレアル・マドリーに勝ち点8差、3位バレンシアには25差をつけてのぶっちぎりトップ。CLでは宿敵レアル・マドリーを難なく破り決勝まで進みました。

内容も素晴らしいです。どんな相手にさえ、ボールポゼッション率は7割を超え、リーガでは得点89の失点19で、得失点差は驚異の+70点です。イングランドのウェスト・ハムというポンコツチームをご存じでしょうか?今シーズン、彼らの得失点差は-63点です。同じ競技なのに、一体彼らは何を間違ったのでしょうか?たぶん、監督と選手と戦術を間違えたのだと思います。

確かにいままで強いチームはたくさんありました。クラブでは、、アリーゴ・サッキのACミラン、レアル・銀河系・マドリー、毎年しぶといファーガソン・ユナイテッド、ハリウッド・バイエルン。代表では、マラドンチン代表や、94年の最高につまらないブラジル代表、ゲルマン魂溢れる西ドイツ、空飛ぶ男が率いるオレンジ軍団、そして、チーム・ジダン。どれも最高に強かったチームでした。

しかし、今のバルセロナはすべてを凌駕しているといっても過言ではありません。いったい、どこのチームがあなたたちに対抗できるというのでしょうか? 周りのチームが苦労しながらちょっとずつボールを前に運んだり、つなぐのを放棄してどっかんどっかん前線目がけて蹴りだしている中、あなたたちは手でボールを扱うように事もなげにボールを前に運んでいきます。相手チームはファウルで止めることすらできず、ただただボールが流れていくのを見ることしかできません。夢見心地のような気持ちから目覚めるのは、ネットを揺らすボールが見えてからです。

守備でも同じです。ボールを万が一奪われた場合にはすさまじい早さでプレスをして、ボールを奪い返します。ロングボールを蹴ろうにも、相手チームにはそんな余裕さえありません。そもそも、ボールを7割保持しているので、守備に回る機会が圧倒的に少ないのです。

「じゃあ、同じサッカーをやろう」、そう思うチームもいるかもしれません。しかし、それは簡単ではありません。シャビ様、イニエスタ様、メッシ様、ピケ様、ペドロ様、プジョル様など、チームの背骨を支える選手たちはいずれも貴チームの下部組織出身です。あなたたちは通常のサッカー選手とは違う育てられ方をしていて、ボールテクニックとボールを受ける技術に異常に優れています。あなたたちを買うにはいくら必要でしょうか? 変換レートは8アブラモビッチ=1バルセロナ程度でしょうか?

ただ、あなたたちがバルセロナから出る気がないのも知っています。人生、お金だけじゃありませんしね。そうなると、他の選手を買わなければいけません。しかし、今名前をあげたような選手が他の国にいるでしょうか? 強いてあげれば、ドイツのエジル、イングランドのウィルシャーなどが当てはまるかもしれません。ただし、彼らだけです。他にはいませんので、1チーム作るのは夢のまた夢です。いくら金を積み上げても、いないものは獲得しようがありません。

確かに、一発勝負ならこの前のコパ・デル・レイのように負けることもあるかもしれません。それでも、10回、15回とやった場合に、あなたたちが対戦成績で下回るということはあり得ません。ボールポゼッションで圧倒的に上回り、そのほとんどをシュートまでつなげるそのプレイスタイルは、シュートが入らないこともあるでしょうが、長期的には絶対に勝つスタイルなのです。ちなみに、これは予想ではなく、確率の問題です。

フットボールの歴史上、最強のチームと言っていいでしょう。しかし、ここで貴兄には言わなければなりません。その強いチームがたまに勝ちきれなかったからと言って、相手を「アンチ・フットボール」と呼ぶのはやめませんか?

確かに、あなたたちに比べたら、相手のフットボールは不細工極まりないかもしれません。大男をエリアの中にひしめかせ、メッシ様やイニエスタ様が侵入してくると、数人がかりでファウルそのもののプレーで止めます。

攻撃はほとんど放棄。快速のアフリカ人か屈強なブラジル人を前線に一人おき、あなたたちから見れば冗談としか思えないほど精度の低いロングボールをただただ前線に放り込むだけ。あわよくばミスがあれば、シュートチャンスにつながるかもしれないという乱暴な攻撃です。美しいパスゲームを好むあなたの落胆がいかほどのものかは想像することもできません。

既に書いたとおり、誰でもあなたたちのようにボールと遊べるわけではありません。そういうチームがあなたたちに勝つためには、どうしても守備的布陣にするしかないことは、お気づきかと思います。

守備的な戦術もまた美しさがあります。ウノゼロの国イタリアのパーフェクトな守備。水も漏らさないような守備から、世界で一番早いカウンターを繰り出したクーペルのバレンシア。高い位置とオフサイドトラップで世界を一変させた、サッキ・ミラン。そして、忘れてはいけません。モウリーニョの作り上げる、緻密で闘志あふれる守備戦術。個人の奮闘、あるいは複数人での連動、それぞれ違いはあるにせよ、いずれも組織として美しい動きをしています。

そういう戦術もまた「フットボール」なのです。

フットボールの勝者決定方法は単純です。「足、頭を使って、相手よりも多くゴールを決める」。それだけです。両チームがそれを目的としていれば、フットボールというゲームは成立するのです。彼らはルールを侵害したわけではありません。ルールの範囲内で出来る限り勝利に近づこうとしているのです。彼らを「アンチフットボール」呼ばわりされるのは、残念ながら、見識不足と言わざるを得ません。

あなたがことあるごとに言う「アンチフットボール」という妖怪は世界をうごめいています。ああいう美しいフットボールが理想なのだ、と監督も選手もサポーターも強迫観念に駆られてしまっています。そんな技術も能力もないのに、あなたたちに少しでも近づこうとしています。もちろん、叶いません。あなたは知らないと思いますが、日本という国の二部リーグのある黄色いチームは、昨年理想にも到達できず、昇格もできませんでした。「バルセロナ」という太陽に焼かれてしまったのです。

聡明な貴兄はすでにお気づきのことと思いますが、本当のアンチフットボールは別のところにあります。それはカルチョポリであったり、ブラッターであったり、シカゴ・ホワイトソックスであったり、清瀬海だったりです。

長くなってしまいました。貴兄に最後に再びお願いします。自分たちに不利な戦術を仕掛けてきたチームを「アンチフットボール」と呼ぶのはやめませんか? 彼らもまたフットボールの一部なのだと認めてはいかがでしょうか? 華麗なパスゲームで試合を支配するあなたたちも「フットボール」の一部でしかないのですから。

それでは、気温も高くなり体も動くようになってきたことと思いますが、好事魔多しと言いまして、そういうときこそ怪我しがちだと言われています。十分にお気をつけください。お体を大事に残りのシーズンを過ごされることを願っております。


PS
バルセロナの時代も永遠ではありません。いずれあなたが引退して、栄華の時代が終わるときがきます。そのとき、バルセロナが同じように守備的な試合をした場合、あなたは「アンチフットボール」と言うのでしょうか?