■戦評■J1第15節 千葉-甲府 「ミクロの決死圏」 | picture of player

■戦評■J1第15節 千葉-甲府 「ミクロの決死圏」

今回から副題をつけてみることにしました。命名理由は後ほど。
現地観戦したので、得点経過とは適当。


もう後がない千葉は、前々日に背後から斬りつけてきたストヤノフが自宅警備。覚悟を決めたのか、アマルがベージュのスーツを着て参上。死に装束か。GKは立石、叛乱のブルガリア人の代わりで斉藤がリベロ、ストッパーが水本、池田。中盤中央には下村、そして中島がどうにも使い物にならんので工藤、右に水野、左に山岸。前線はここ最近おなじみの形である、羽生、巻、新居のセット。対する甲府はいつもの4-3-3。DFが右から山本、秋本、増嶋、井上、中盤に石原、林、藤田、右のウイングに宇留野、真ん中に山崎、左が現J最強ウイングの茂原。なんで須藤がいないのかはよくわからない。


ゲームは、予想通りの殴り合いとなった。まず、悩める千葉のエース巻が浅いDFラインの裏をうまくぬけて、超絶ループで先制点。だったのだが、試合の主導権は甲府。千葉の中盤に守備のあまり得意でない工藤を起用したこともあり、下村が中央から引きずり出されると、かなり厳しい状況に陥った。その流れの中で、PA付近で小気味よくパスをつないだ後、最後は石原が同点弾を見事に叩き込んだ。しかし、尻に火のついた千葉はすぐさま突き放す。コーナーキックから巻がDFの裏から強引に頭でねじ込んで逆転。前半はそのまま終始甲府が主導権を握るが、千葉も浅いDFラインに対して果敢にカウンターを仕掛ける。


噛み合った面白い展開のまま、試合は後半へ。甲府というチームは引くということを知らないため、千葉は守ってカウンターを仕掛ければいいのだが、それが出来ないから今の順位。後半5分頃には、スローインからPA内で簡単に基点を作らせる凡守備から必然の得点。またも石原。試合は振り出しに戻る。しかし、ここで終わらないのがホームの力か。15分過ぎに千葉はくさびのボールをカットした斉藤がドリブルで上がり、一度はボールを奪われるものの、さらにそれを奪い返し、PA内で倒されてPK。ここでペナルティスポットに現れたのは、なんと巻。悲鳴ともつかない歓声が沸き起こる中、案の定豪快に外す巻。なぜ誰も止めない。その後、若干疲れの見え始めた甲府はプレスがかからなくなり、千葉にチャンスを量産される。右からの羽生のクロスを巻がドフリーで合わせるが、わずかに枠外。その直後には山岸がDFの裏に一人で抜け出したが、ここはキーパー鶴田がグッドセーブ。そうこうしているうちにペースは甲府に再び傾きつつあったが、しかし、今日の巻は体が切れていた。前線から得意の鬼プレスでボールを奪取すると、それをPA前の羽生にパス。羽生は冷静にシュートフェイントでDFをかわし、ゴール左隅に流し込んだ。これが決勝点。その後、甲府は須藤、大西、久野などを入れて攻めに出るが、キーパー立石の驚異的なセーブもあり、試合終了。千葉が久しぶりの勝利を飾った。甲府は最後の一発が出なかった。今日は、チャンスメイカーでフィニッシャーである茂原が水本に徹底して押さえ込まれてしまった。残念ながら、今日は「彼の日」ではなかった。


千葉は決めるべき人が決め、ようやく結果がついてきた。やはりこのチームは巻が決めると乗ってくる。彼自身の体調もよくなってきたのか、ロングボールはほとんど競り勝っていたし、それによってチームが落ち着きどころを得た感じだ。中盤の中央が下村におんぶに抱っこであることや、前線と中盤の距離が開いているなど問題点はまだまだあるが、とりあえずはいい結果だったのではないだろうか。結果がチームを変えてしまうことは、サッカーではよくあること。巻ともどもチームがこのまま上昇して行く可能性もある。ただ、問題はストヤノフが今後どうなるのか。彼は「メディアを使ってチームを批判する」という最もフロント・監督が嫌う手段をとってしまった。「監督か俺か」という要求は時々選手が突きつけることがあるが、ほとんど成功した試しがない。クライフやマテウスなどのビッグネームでもない限り、チームが監督を切ることはないだろう。なぜなら、彼の要求を呑んでしまったら、チーム秩序が成り立たなくなってしまうからだ。次の監督で同じことをしないと、誰が言い切れるだろう?バルカン人一流の発破だったらいいのだが、そうでなくては彼はこの夏にチームを去ることになるだろう。だからと言って、アマルのクビがつながるというわけではなく、彼の運命もそれほど安泰というわけではない。すべてはこれからの成績次第。余裕が出てくればストヤノフをチームに戻すこともできる。この世界は結果が全てを容認するのだ。この夏に二人がチームを去ったとしたら、千葉は降格を覚悟するべきだろう。


さて、長々と前置きのようなことを書いたが、今日の副題の理由はここから。甲府のサッカーについてだ。俺は初めて甲府のサッカーを生で見た。今更とは言われるかもしれないが、衝撃的だった。まず、DFラインの高さがおかしい。前半のキックオフは千葉だったが、その時既に、増嶋率いるDFラインは自陣の半分近くまで来ている。それが最初だけのブラフならわかるのだが、1試合を通してその高さを維持し、自軍の攻撃時には、センターバック二人を残して相手陣に入ってしまう。ちょっと考えられないDFだ。案の定、羽生や新居、山岸に再三裏を取られていた。しかし、そのおかげで前線から高密度のプレスが利く事になり、高い位置でのボール奪取もかなりの頻度で行われていた。リスクは高いがリターンも高い戦術。甲府の試合がほとんどの場合殴り合いになるのも必然の結果かもしれない。


だが、それ以上に感心したのが、オフェンスの徹底具合だった。甲府と言えば小気味いいショートパスの連続というイメージを持っているかと思うが、まさにその形。ただし、そこにもこのリスクの高いチームを成り立たせている秘密がある。速攻以外の場合、キーパーないしは、DFからの展開で攻撃は始まる。それはどこのチームもほとんど変わらない。ただ、甲府はそこからの攻めが普通じゃない。まず右にボールを振ったら、ほとんどの場合、そのまま右あるいは中央からしか攻めないのだ。左の場合も同様。とにかくサイドチェンジはほとんどない。そのため、選手の配置も通常とはだいぶ異なっている。たとえば右から攻めた場合、中盤センターの選手はかなり右に寄る。そして、そのスペースを埋めるように左サイドバック、左ウイングも中央に大きく絞る。甲府でなくても、パスのレンジがあまり長くないJのチームでは、大なり小なりその傾向はあるのだが、甲府は徹底されている。左サイドに選手がいなくなってしまうのだ。ピッチを縦に半分に割り、その半分でしか試合をしない。更に、甲府はDFラインが高く、ウイングもサイドの高い位置に大きく張り出す形でもないため、前線とDFの距離もかなり短い。なので、右サイドからの展開が始まると、ピッチの右半分、さらに縦の長さを三分割したわずかなスペースにほとんどの選手を集中させて攻撃をする。また、千葉もマンマークの守備のため、それに引っ張られるように集まる。ピッチのそのゾーンは埼京線もびっくりの超高密度地帯になっており、かなりいびつな形のサッカーとなっていた。ミランがサッキに率いられたときには、高いラインのプレスがセリエAを席巻し、そのスペースの狭さを「ハンカチ一枚」と評されたこともあったが、この試合では、ハンカチ一枚どころか「ハンカチ三つ折」ほどのスペースで攻防が展開されていた。それがこの副題に「ミクロの決死圏」をつけた理由。おそらく、世界でも稀な状態だろう。一度見ておいて損はない。


しかし、甲府がなんでこういう形をとるのか、不思議だった。もちろん、ショートパス主体の攻撃だということはわかるのだが、それもピッチを広く使う攻撃と絡めていけば、より生きてくるんじゃないだろうか、と普通は思う。当たり前だ。ただ、しばらく試合を見ているうちにその理由が攻撃にあるんじゃないことがわかった。前述のとおり、甲府は高いDFラインでショートパスをつなぐ。しかし、小気味いいパス交換は諸刃の剣で、それを奪われると一気にゴールまで無限の荒野が広がり、巻まっしぐらということにもなりかねない。そこで、チームを「寄せる」のだ。ボールを奪われたときに、速攻させないためには何が一番有効だろうか?言うまでもなく、そのボールを奪うことだ。また、奪わないまでもそのパス・ドリブルコースを遮断すれば、速攻は起こらない。ここで、なぜ甲府が人を意図的に密集させるのか、見えてくる。狭い地域でボールを奪われれば、その後にボールに寄せる距離は短い=簡単に速攻をさせないことになる。逆に、ボールをワイドに展開して奪われたときには、ボールに行くまでの距離が長い=簡単に速攻で距離を稼がれる。つまり、甲府が選手を寄せるのは、もちろんショートパスをつなぎやすくするという目的もあるのだが、それは二義的なものでしかない。第一の目的はあくまでリスクマネージメント。ボールを奪われたときに素早く数人の選手を寄せさせ、速攻を許さないためなのだ。そして、あわよくばカウンターのカウンターでゴールを狙う。それが甲府のフィロソフィー、「ミクロの決死圏」を作り出す理由だ。


ただし、この戦術にも弱点はある。まず、中盤で奪われたボールを素早く逆サイドに展開されるとスペースが大また広げて待っている、ということ。千葉にはいなかったが、中盤でキープができて速い展開ができるゲームメイカーがいたらぼっこぼこにやられる可能性がある。また、ゲームメイカーがいなくても有効な手はある。そんな攻撃に付き合わなければいいのだ。それは浅いライン破りの定石でもある、ロングボールを蹴って裏を狙う、というやり方だ。ただし、単純に蹴るのでは意味がない。電柱系FWをCBと競らせて、その後ろに2トップの片割れ、もしくは二列目がラインの裏に飛び込んでいくという形にすればチャンスは多く作れる。この日、甲府のDFが高くないこともあって、巻は空中戦でほぼ完勝だったためこの形で何度もチャンスを作っていた。ただ、競れるFWがいない場合にはあまり効果的な対処法にはならないだろう。


ここまで極端な戦術を取るのは、世界でもあまり例を見ない。強いて言えば、今年スペインリーグで躍進したセビージャのやり方 だろうか(根本的な考え方に違いはあるにせよ、リスクのマネージメントと人のかけ方は似ている)。この事例を知っていてやったのかどうかは知らないが、限られた戦力を集中させ、る大胆な人の足し算をかまして見せている大木監督はすげーなーと思う。いや、これが上のレベルで通用するか(そもそもやらせてもらえるのか)っていうと、かなり微妙だとは思うけど、それでもその功績を貶める理由には一切ならない。Jは甲府をもっと誇ってもいいと思う。


■picture of player 巻誠一郎
無類の人柱っぷりが戻ってきた。コンディションが上がってきたのか、空中戦でほぼ完勝。いい加減なポストプレイもなんとか収まるようになってきた。今日はらしくないループシュートと、コーナーキックに対してDFの背後から叩き込む、「俺ごとはいりやがれ」ヘディングというらしい得点の2つ、さらには調子に乗ってPK失敗、とオンステージ。まあ、PK失敗はどうかと思うが、フォワードってのはこれくらいエゴがないとね。いいんじゃないでしょうか。