2013-11-27 20:00:31

統計から見る日本代表各時代レビュー4 ~ザッケローニ時代~

テーマ:フットボール
さて、少し間が空きましたが、第4弾です。
第一弾第二弾第三弾 に続いて、ザッケローニ監督時代です。
データは相変わらずここ!ずっと一緒だよ!ズッ友だよ!!


この前の欧州遠征で威信を取り戻したザッケローニだったが、その足取りはどういったものであるのでだろうか。気になるよね?気になるよね?気になれって言えよ、ハゲ!
あ、この前のオランダ戦とベルギー戦は入っておりませぬが、大勢に影響はあるまい。


■イレギュラーなスタート

一応便宜的にザッケローニ時代に入れてしまっているが、原博実暫定監督時代というものもあった。契約とビザの関係で最初の2試合、パラグアイ戦とグアテマラ戦は強化委員長の原さんが指揮をとっていた。本格的なザッケローニ時代というのは、その後のアルゼンチン戦からということになる。基本的に前任の岡田監督を踏襲していた原さんと違い、ザッケローニは中澤、松井などの中心選手を外し、自分の色を出してくる。それが色濃く出てくるのが、実質3戦目のヨルダン戦からである。現在の吉田、今野というCBコンビが始まったのもこの試合からだ。その船出はオシムのようなドラスティックな変革でもなく、岡田さんのような完全踏襲でもなく、今までの代表の骨組みを生かしたままの常識的なスタートだった。


■アジアカップ

オシム時代以上に逼迫した日程でアジアカップが訪れる。実質的な就任から3試合目である。無茶を言うな。それでもザッケローニはこのアジアカップを獲得する。このアジアカップは毎度毎度の意味不明展開が繰り広げられ、お世辞にも安定した試合とはいえなかったが、前メンバーそのままを踏襲したわけでもなく、好みの選手をある程度入れた状態でのこの短期間でのタイトル獲得は非常に価値のあるものだろう。もちろん、安定感のない戦いは就任から日がなかったことが理由の第一としてあげられるだろう。


■国内組親善試合の消滅

最初の総論でも述べたが、試合数の激減に伴い、ジーコ、オシム、岡田時代を通してあったが「国内組のみの親善試合」というものがザッケローニ時代にほぼ完全に消滅してしまう。ザッケローニ時代で唯一国内組のみで試合を戦ったのは、2012年2月24日のアイスランドハンドスプリングスロー祭と、親善試合ではないが、この前の東アジア選手権のみである。その他はすべてW杯予選とインターナショナルマッチデーのみに限られており、基本的に代表の試合には海外組が参加しているという状態になっている。また、海外組だけで招集メンバーをほぼ揃えられてしまうため、ジーコ時代のような「国内組と海外組の対立」というものは、それほど先鋭的なトピックではなくなってきている。そういった遊びの試合がないにも関わらず、ザッケローニは国内組の新戦力をよく試しているほうだと言える。


■序列

基本的にザッケローニは序列を崩さない。GKで言えば川島、西川、権田の順番、ボランチのファーストチョイスは遠藤、長谷部である。基本的にはこの序列を崩さず、公式戦においてはほとんどこれを踏襲している。ただし、そもそも公式戦以外の数がかなり少ないのであり、親善試合も公式戦前がほとんどである。選手のコンビネーションは放っておくと劣化していく。親善試合を連携の確認と向上に費やすことも多かったに違いない。その一連の作業が終わってからとなるため、必然的に新戦力の試験は限られた機会となっていく。また、その堅固な序列も、一番直近の柿谷の例のように、崩れない序列ではない。そういう意味で潤沢な試合をすべて「ベストメンバー」で臨んだジーコと同列に語るべきではないと考える。


■停滞と本大会に向けて

今年にW杯出場を獲得してから、コンフェデレーションカップで木っ端微塵に砕かれ、その後の世界仕様へのチューニングという段階で、それはこの前のオランダ戦、ベルギー戦で一定の成果を得た。しかし、このアジア仕様から世界仕様へのモデルチェンジは、日本代表においてしばしば行われることであり、トルシエは実質的にフラット3を放棄し、岡田さんはあの戦術的宙返りを行った。唯一そのままの素の姿で臨んだジーコはサッカーファンのトラウマとなるほどの惨敗を喫してしまった。毎回、このチューニング作業は行われているのである。岡田監督に比べると、今度のチューニングは非常に時期が早いとも言える。ただ、来年残された親善試合は2~3試合。時間はかなり限られている。その意味でもこの時期に一定の成果を得ることができたというのは、安心材料だろう。ただ、それが本大会の成功を保証するものでもない。現在の代表は攻撃に最大の魅力がある。トルシエは守備をベースにしていた。ジーコは失敗した。岡田さんは攻撃的サッカーを目指したが、直前で放棄した。今回、ザッケローニが成功するかどうかは、わからない。ただ、「日本代表史上最も攻撃力のある代表」であることは間違いがない。



さて、だらだらと色々書いてきたが、今までと同じようにいってみよう!!

・代表オブ代表

限られた機会で数多くのメンバーを呼んだザッケローニだが、その中でも中心となったのはこの男である。


picture of player-長谷部


長谷部誠である。

次点の遠藤を押さえて、堂々の選出。キャプテンということで招集されれば必ずスタメンとして出場している。途中でマガトに干されたり、右サイドバックやらされたり、某アナウンサーと the end of love したり、必ずしも順風満帆だったわけではないが、それでもその心整え力によってザッケローニイズムを最も体現する選手となっている。願わくば、日本の悪しき伝統である直前での「キャプテン剥奪」の犠牲者にはならないでもらいたいものである。


・ミスタージョーカー

流れを変えようと投入されるが、それはわかるのだが、という。


picture of player-ハーフナー


そんな煮え切らないミスタージョーカーはハーフナー・マイクである。

途中投入率50%近くで、まさに切り札としてザッケローニは使っている。負けている試合ではシンプルに得点を。勝ってる試合ではセットプレーでの守備要員、と試合展開を選ばないジョーカー…のはずなのであるが、今の所全く機能する気配がない。最近の試合では投入されても全く頭を狙ってもらえないなどの、「ひょっとしていじめられているのでは?」とこちらがドキドキしてしまうような扱いを受けていて、これではどうしようもない。最近で一番いいサッカーをしたヨーロッパ遠征でも、オランダリーグにいるのに招集外という屈辱を味わった。使い方次第だと思うのだが、全くもって今の所風は吹いてきてない。本大会、だいじょうぶだろうか。



・ミスターベンチ

とにかく招集されているのだが、信頼されているのかないのかよくわからない。


picture of player-伊野波


そんな信頼の置けない男、それは伊野波雅彦である。

性根の話をしているのではない。招集回数は40回を超えるも、半分を超える数はベンチの置物である。基本的に使い勝手がいいということで選んでいるのだろうが、対空戦に弱いこともあり、終盤のパワープレー要員としては使えないため、クローザーとしても使いづらい。ただ、今野に何かあったら割とそれなりの活躍をできることは保証されている。あと3バックにも対応できる。ただ、その座も森重の台頭で危うくなっており、W杯本大会でもベンチの置物になる可能性大である。なんというか、報い、という言葉が浮かんできてたまらない。是非、磐田に残留して、J2で禊を済ませていただきたいものである。


・こんな選手も呼ばれてました

あれ?って思ったのが、前代表で重用され、今シーズンも好調で待望論を囁かれている大久保嘉人である。いつ呼ばれたのか全く記憶がなかったが、前述の国内組のみの親善試合であるアイスランド戦で先発している。その後は全く音沙汰ナシ。この試合、ハンドスプリングしか覚えてねえや。

それと、今は徳島で活躍する柴崎晃誠も2試合呼ばれたが、ベンチでくすぶった。柴崎はこれ以前もこれ以後も呼ばれたことはない。いい選手なんだが、代表の牙城は崩せなかった。なんでJ2にいるの。それと、鹿島の増田誓志もなぜか呼ばれている。なんかボランチのバックアッパーは色々模索したようなフシがある。

他に面白いのは永田充である。彼の初招集はジーコ時代の2003年に遡る。そのときは5試合ほど呼ばれたが、延々使われず、ザッケローニ時代に初キャップを刻んだ。何年越し、という珍しいケース。ただ、1試合アジアカップでクローザーとして数分プレーして、その後は全く招集されなくなってしまった。なんというか、縁のない、としか言いようがない。

あとは、関口訓充原口元気宮市亮などのなんか3-4-3やれそうなウイングっぽい人らも呼んでいるのだが、絶対数が少ない。やる気、ほんとにあったのかなw

また、21世紀枠としての若手として、宇佐美貴史磯村亮太久保裕也なども呼ばれている。あまりクラブでも幸せではなかった面子なので、南無南無。


さて、以上でまとめ終わり!!
長々とお付き合いいただきありがとう!

データはそのままアップしとくので、これで面白い記事を書いてみるもよし、眺めてげひげひ笑うのもよしである。記事書いたら教えなくてもいいけど、読んでみたいので知らせてねー。

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2013-11-18 19:30:11

統計から見る日本代表各時代レビュー3 ~岡田時代~

テーマ:フットボール
さて、少し間が空きましたが、第3弾です。
第一弾第二弾 に続いて、岡田監督時代です。
データは相変わらずここ!

それではいってみましょう!


■急なバトンタッチ

オシムが病気で倒れたことによって、急遽バトンタッチを受けた岡田監督。当然、いきなり自分の色を出せるはずもなく、モデルチェンジは控えめとなった。最初の試合で初顔はゼロ。ほぼすべてオシム時代のメンバーを踏襲していた。ここらへんは当然のことながら当然で、目前に迫ったW杯予選に向けて、動揺を最小限にしていこうという意図があったと思われる。ここは経験豊富で慎重な岡田さんのらしいやり方だと思う。がらっとメンバーを代えたのは、2008年3月26日のバーレーン戦のあと。この試合に敗れると、岡田監督は山岸、羽生などを切り、独自色を出していく。これ以後、この2人は全く呼ばれなくなる。それに代わってオシム時代には代表に入ってなかった玉田、長友などの名前が主力に名を連ねていくことになる。敗戦を期に、うまく自分のサッカーにあった選手をチョイスしたと言えるだろう。


■接近・展開・連続

岡田さんが標語として掲げたこの標語だが、クローズなショートパスを多用した選手なのでテクニカルな選手が主力を担うようになっていく。特徴的だったのは1トップに玉田を起用したことである。また、長谷部、遠藤のボランチコンビに中村俊輔も加えるなど、強烈にパスサッカー指向を打ち出す。そのあおりを食ったのが、オシム時代のいわゆる「水を運ぶ」選手たちである。鈴木啓太は途中から全く呼ばれなくなり、巻も2009年2月以降呼ばれなくなる。純粋にフィジカルを重視して呼ばれ続けているのは前線では矢野くらいになってしまった。岡田監督のサッカーは「チビっ子サッカー」と揶揄されたが、最も多く使われた前線の組み合わせである「玉田、中村俊輔、岡崎、大久保」のセットの平均身長は173.75センチであり、現在最も多く使われている「柿谷、本田、岡崎、香川」というセットの176.25センチと大差ない。むしろ、闘莉王、中澤がセンターバックにいたこの時代のほうが平均身長は高いと思われる。おそらく、ここはトップに玉田、田中達也などを使った印象が強かったためだろう。


■大どんでん返し

岡田監督時代に最も印象的だったのは、本番直前におけるそれまでの「接近・展開・連続」の放棄である。このサッカーを最後に見せたのは、2010年5月24日にボロ負けした韓国戦。これ以降、玉田、岡崎、中村俊輔、内田といった主力中の主力がスタメンを外れ、本田、松井、阿部勇樹、駒野というどちらかと言えば冷遇されていた選手が南アフリカ大会でスタメンとなる。これが監督主導だったのか選手主導だったのかはいまだにミステリーである。ただ、面白いのは南アフリカのメンバー選考で岡田監督はある程度幅を持たせていたことである。それまではビッグマウス以外にあまり特徴が出ていなかった本田を残し、イマイチ使いどころのわからなかった阿部、稲本、今野や矢野も残している。戦術変更が100%監督の意図と言えるかどうかはわからないが、そもそもこの幅を残しておいたのは、岡田監督の功績だったのではないだろうか。


■ショタコン

岡田監督は短い在任期間でかなりの人数を試したが、その中でも若い大器を呼んで実際に試合に出していたことが特徴的だった。その代表格は香川である。当時まだセレッソにいた香川を代表に呼び、13試合使っている。また、山田直輝も3試合呼んでいる。岡田監督が目標としたサッカーに必要不可欠な能力である「間で受けて捌ける」という能力を持つ選手が新世代にしかいなかったためだろう。結局山田は怪我でフェードアウト、香川も直前の戦術変更の犠牲となり、南アフリカ大会のピッチを踏むことはなかった。


■イエメン戦

オシム時代にシード権を獲得できなかったため、アジアカップの予選を戦わなければならなかった。その消化試合として、2009年1月20日にイエメン戦があった。ここでB代表とでも言うべき、大量の若手選手が呼ばれた。この中には現代表の吉田、酒井高徳、権田、大迫なども呼ばれているが、他は中々現在の代表まで手が届いていない。なお、平山はこの試合でハットトリックをかまして、その後のA代表にも呼ばれているが、結果はご存知のとおりである。


さて、ザーッと特徴を見てきましたが、ここからは前と同じ。


・代表オブ代表

めまぐるしく選手を入れ替えていた岡田監督時代だが、軸となる選手はいた。


picture of player-中澤


その中でも、中心だったのは中澤佑二である。

センターバックは基本的に代えないものだが、50試合中43試合のスタメン率86%は驚異の数字。文字通り壁となって岡田監督の代表を支えた。次点は遠藤で40試合のスタメンである。この2人が基本的には代表の中軸となっていた。


・ミスタージョーカー

中々候補を見つけるのが難しかったのだが、それはこの選手である。


picture of player-松井


松井大輔だ。

南アフリカ本大会でスタメンだったので意外だったかもしれないが、それまでは基本的には「流れを変える存在」としての起用が目立った。また本田もスタメンはかなり少なかった。これを見ても、いかに本大会前の戦術変更が急だったかわかるだろう。


・ミスターベンチ

総招集20回を超えるのだが、ベンチが基本的な住処だった。


picture of player-矢野


それは矢野貴章である。

恵まれた体格と驚異のボール奪取率ということで、前線なのにクローザーとして期待されたのだが、本大会でも出場は1試合のみ。いまいち岡田監督もどう使いたいのかさっぱりわからないまま、代表でのキャリアを終えた。


・こんな選手も呼ばれてました

気になった選手は片っ端から呼んでたふしがあるため、けっこう妙な名前が多い。

その中でも選手リストを眺めて一番げえっと思ったのが、井川祐輔である。いつ呼ばれた、なぜ呼ばれた。結局ベンチを2試合暖めたあと、キャップを刻むことなく代表を去った。

また、同僚の川崎山脈山頂の寺田周平も呼ばれ、こちらはキャップを刻んでいる。中澤、闘莉王という不動のセンターバックのバックアップはとりあえず調子がいい奴を呼んでた感じであり、高木和道も呼ばれてキャップを刻んでいるし、栗原勇蔵もなぜか1試合だけ呼ばれてスタメンを飾っている。

またベテランの中だと、全く記憶にないのだが、小野伸二が1試合だけ呼ばれ、スタメンで使われている。海外組がいなかった試合であり、中村俊輔の代わりに呼ばれたようなのだが、これは一体なんだったんだろう。その後呼ばれていない。また、遠藤、中村俊輔のバックアッパーとして、なぜか小笠原も呼ばれている。これもよくわからない。考えてみれば、小笠原の代表でのキャリアはずっと中村俊輔の影に隠れていた、不運なものだった。王は並び立たず。


中々バラエティに富んだ面子となって面白かったですな。ただ、全体的に見て呼ばれるべき選手が呼ばれているという妥当な代表だったのではないだろうか。途中交代という逆境も跳ね除けて、若手も試し、なんとかW杯で結果を残したのは、評価に値するのではないだろうか。まあ、戦術変更は(以下略)


さて、最後はザッケローニ!!
いつになるやらわかりませんが、また読んでくれたまえ(えらそう)

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2013-11-12 19:08:21

統計から見る日本代表各時代レビュー2 ~オシム時代~

テーマ:フットボール
寒いですな。案の定風邪をひきました(蒲柳の質アピール)。寒い時代だと(以下ワッケイン)

さて、前回 に引き続き、だらだらと各代表レビューをやっていきます。
また、データはここにずっとおいてありまする
今回はオシム。ジーコの焼け野原以後にどういう舵取りをしたのか興味深いですな!な!


■フルモデルチェンジ

新鮮味の溢れるメンバーだった記憶があるのだが、それは実際の選考メンバーにも現れている。就任後の最初の試合で、前回W杯の最終メンバーと重複して招集しているのは川口、三都主、坪井、駒野の4名のみ。鈴木啓太、田中隼麿、山瀬功治、栗原勇蔵、闘莉王、青山直晃、我那覇、小林大悟、坂田大輔、山岸憲宏などの初代表メンバーが顔をそろえた。その後もオシムは意欲的に新戦力を呼んでいく。オシムの下で代表キャリアを積んだのは31人(うち出場24人)ということで、総招集53人のうちかなりが新顔だった。これはジーコが本来呼ぶべきだった若手たちを無視していたので、そのぶんを急いで呼んでいた、ということが推測できる。


■千葉優遇

スポーツ紙などで盛んに言われた千葉優遇だが、実際はどうだったのだろう?千葉から呼ばれたのは阿部勇樹、巻誠一郎、羽生直剛、佐藤勇人、水本裕貴、山岸智、水野晃樹の7人。たしかに多い。しかし、このうち継続的に招集・出場していたのは、阿部、巻、羽生と山岸のみ。スタメン率85%の阿部はレギュラーと言えるかもしれないが、巻は意外と低く60%、羽生はスタメン5%、山岸も30%だった。なので、これだけを見て千葉を優遇していたということはできない。「練習相手」というのが一番の目的だったのだろう。


■メンバー固定

ジーコのアジアカップがすさまじかったのでちょっと見逃されがちだが、オシムのアジアカップも4試合でスタメン固定とけっこうなことをやっている。監督云々に関わらず、やはり大きい大会ではスタメンを固定する、というのは当然のセオリーなのだろう。ただ、ジーコとの大きな違いはすべての試合で交代枠を使い切っているということである。そこらへんは監督の力量の差と言える。


■このままいったらどうなっていたか?

オシムの時期は3つに分けられる。まずアジアカップまでの大量招集期、アジアカップでの固定期、欧州遠征以降のリミックス期、である。この先を予想することは難しいが、選手起用のこだわりのなさ、招集への躊躇のなさから見ると、チームの骨格としての中澤、闘莉王、中村俊輔、遠藤、中村憲剛などを中心として、いわゆる「水を運ぶ人」が次々と入れ替わる、よりマンネリの少ない代表となったかもしれない。どうしようもないことなのだが、痛恨の途中退任だった。完成形が見たかった。永遠にβ版だった気もするが。笑


・代表オブ代表

そんなバラエティに富んだオシム時代だが、代表的選手はこの人。


picture of player-啓太


千葉勢でも遠藤でも
闘莉王でもなく、鈴木啓太である。

鈴木はオシム時代20試合のうち、全試合にスタメン出場。脅威の稼働率を見せた。特にアジアカップ以降、遠藤、中村俊輔、中村憲剛などの「エクストラキッカー」を多用した代表において、その働きは日本代表のマケレレと言っても過言ではなかった。ただし、この酷使っぷりが祟ったのか、オシム退任以降、鈴木啓太は急速にパフォーマンスを落としていく。オシムの黒魔術によっていけない力でも手に入れていたのだろうか。


・ミスタージョーカー

オシム時代の途中出場といえばこの人である。


picture of player-羽生


はにゅーさんだ。

出場12試合のうち、途中出場が11試合とミスタージョーカーとして流れを変える働きをしていた。ジーコ時代の大黒のように明確な得点という結果をのこしていたわけではないが、ポジショニングのうまさとシンプルなプレーで出てくれば必ずといっていいほど流れを変えることができていた。ただ、得点という結果を残すことができなかったのと、アジアカップ3位決定戦でのPK失敗がたたり、オシム憎しのマスコミ・ファンからはけっこう槍玉に挙げられることが多かったのは残念だった。


・ミスターベンチ

オシムは招集するけどずっとベンチにおいておく、ということはあまりしなかった(キーパーを除いて)。その中では、この人がこの称号にふさわしいだろう。


picture of player-橋本


橋本くんである。

この頃、ガンバ大阪で頭角を現し始め、地味ながら頭のいい選手で中盤ならどこでもこなせた。今の代表で言ったら山口蛍が一番近いだろうか。そのクレバーさがオシム好みだったと思われる。ただ、ミスターベンチと言っても、総招集10回超える中で69%程度のベンチ率なので、ベンチの肥やしの中では使われたほうだと言えるだろう。なお、GKは割と固定が好みだったらしく、現代表守護神の川島大明神は12回招集されているがすべてベンチである。この時代にもあの眉毛だった。


・こんな人も呼ばれてました

さて、そんなオシムの短い代表期間ではあったが、不思議な選手も呼ばれていた。

その代表格が山口智である。いや、確かに実績・実力的に呼ばれて申し分がないのだが、このとき代表初招集、その上で不出場のまま終わる、という不思議なタイミングだった。彼は実は岡田時代にも呼ばれていて、そこで初キャップを踏んでいる。全く記憶にない。

また、何人かの「お試し招集」もいた。青山直晃、伊野波雅彦、
太田吉彰、松橋章太、本田圭佑などは招集されども出場せず。今をときめく本田@意識高いもこの頃にはまだ原石に過ぎず、単なる期待の若手の一人でしかなかった。あと、松橋章太がなんで呼ばれたのかさっぱりわからないんだが、これは何かの間違いだったんだろうか。

また、初キャップを踏んだ中でも家長
昭博、梅崎司、佐藤勇人、中村直志、小林大悟、二川孝広、水野晃樹、坂田大輔などはその後の代表においてはあまりいいキャリアを歩んでないっつうか、ほとんど呼ばれていないというのも興味深いことである。まあ、こんだけ呼ばれてれば、そういうこともあるのかとも思うが、その後の代表選手選出の基準と若干ずれている、というところも推察できる。

そして、最後にキーパー山岸範宏でけっこうな数呼ばれているのだが、一度も出場なし。あまりプレーの特徴をよくわかっていないのだが、何がオシムをここまでひきつけたのだろうか。よくわからないので、誰か教えてください。



というわけでオシム時代おわり。
1年半しかないのに、けっこう書く事あった。
次回はいつになるかわからないけど、岡田さんやるよー。
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2013-11-09 10:35:48

統計から見る日本代表各時代レビュー1 ~ジーコ時代~

テーマ:フットボール
おはようございます。吐く息が白くなりかけてますな。寒い時代だと思わんかね…?(季節)

さてさて、前回 で代表4監督の総論を書いたわけだけれども、今回はそれぞれに代表監督でどういう傾向があったのか、というのを見ていこうという試み。前回と同じようにデータはここにある ので、適宜参照してくだされ。全部画像を撮って貼るのもだるいでの。

ジーコ時代といえば、「スタメン固定の鬼畜の所業!」「総取替え」「インフルエンザの選手をあくまでスタメンさせる労働基準法違反!」などの古典ブラジル流メソッド、さらには海外所属選手が増えたことによる「海外組と国内組の対立」が話題になったわけですが、実際どうだったのだろうか。

「前回はバリバリ硬派に数字を使いまくってやったわけですが、今回は割とゆるめにそれぞれの代表監督の特徴というものを見ていきたいなあ、と。緩いとか許せない!わたしの記念日なんだからいつも100%できてくれないとイヤ!」「そんなことないよ、いつもきみのために精一杯だよ!」うそ、あな たはいつもそればっかり!!別れる、パリに自分探しに行く!!」と一昔前のOL風に怒らずに、読めばわかるさ、いくぞーーーーー!!


■スタメン固定

まずスタメン固定だが、これは確かにその傾向が強い。気に入った選手はとことんまで使い込む。その代表例が中田英寿と中村俊輔だ。

picture of player-nakata

彼らは海外組ということもあり、総招集は30試合、45試合と全体の試合数に比べると少ないのだが、呼ばれた試合では、とにかくどんなコンディションであろうとスタメンを張っている。中田英寿は驚きの100%、中村俊輔も91%というすさまじい数値である。

ただ、あとで見るように、ジーコは若干その傾向が強いとは言え、「主力選手への過度な依存」はどの監督でもあるもので、そうそう言い立てるほどのことでもない。

■切り捨てるスタイル

ただし、一旦切り捨てた選手を二度と使わない傾向が強く、「代表はファミリー」を強調しながらもいやにドライな感じである。その代表格は初期の守備ユニットである秋田、名良橋、服部、森岡である。彼らは初期数試合で不動の守備ユニットとして活躍したが、ジーコが例の「総取替え」を2003年6月11日のパラグアイ戦で行って以来、彼らは1秒もピッチに立ってない。酷い話である。それは後の山田暢久、坪井でも起こっており、山田は2004年2月18日のオマーン戦、坪井は2004年7月9日のスロバキア戦で「スタメン」以降、さっぱり呼ばれなくなる。当時のことはあまり覚えていないが、怪我があったのだろうか。山田はそのまま呼ばれることはなかったが、坪井はW杯直前で戻ってきた。人徳の違いだろうか。たぶん、ジーコが存在を忘れてたんだと思う。また、大久保もかなり重用されたが、途中で見限られた。


■海外組と国内組の対立

また、スタメン固定の印象を強くしているのは「海外組と国内組の対立」という日本代表にとっては初めての現象だった。日韓W杯では中田英寿、小野、稲本の3人だった海外組が、柳沢、高原、中村俊輔、鈴木隆行など、主に攻撃ユニットで激増。招集できる試合では、ジーコは彼らを最優先で使った。それで煽りを食ったのが、国内組主力の小笠原、福西、中田浩二、遠藤など。彼らはどれだけ調子がよく、親善試合で活躍しても海外組が帰ってくるとベンチ、という現象が見られた。そりゃあ憤懣やるかたなく、キャバクラで寿司も投げようというもの(この中でキャバクラ行ったのは小笠原だけだけど)。最終的には福西がレギュラーを取ることになるが、それ以外はW杯までこの状態は続いた。

■地獄のアジアカップ

そして、ジーコで思い出すのはアジアカップスタメン固定地獄の6連戦。国内組+中村俊輔で臨んだこの大会、事前の親善試合も含めると7戦だが、ジーコはその間、準決勝で遠藤がレッドカードをもらって決勝にでられなくなった以外は、すべて同じスタメンである。親善試合を入れると24日で7試合、交代枠を使い切ったのは2試合だけ、交代なしも2試合あった。なんたるシバキ主義。当時は勝ち進むたびに痩せこけていく日本代表を見て、日本中が戦慄した。ドイツW杯でもそうだったように、コンディション管理という観念がそもそもなかった。そりゃ、松田もキレるというもの。

さて、ざざっと特徴を見てきたわけだが、最後にジーコ時代を代表する選手を色々と見てみよう。


・代表オブ代表

出場が多く、最も代表を特徴付けていた選手は誰だったのだろう?確かに中田英寿、中村俊輔のチーム、DFリーダー宮本のチームだったということもできるのだろうが、俺はこの選手を押したい。


picture of player


三都主である。

意外と思われるかもしれないが、彼がジーコジャパンにおいて最多出場を誇っている。またスタメン率も相当に高く、前述の「総取替え」以来、怪我や出場停止以外ではほとんどの場合スタメンを張ってきた。4バックのサイドバックとしては特に守備面で適正を常に疑われてきた彼だったが、サイドバックの攻撃性を重視したジーコ時代の特徴をよく現していると言えるだろう。テクニカルなイメージの強い選手だが、相当にタフだったこともわかる。実際、W杯で一番戦えていた選手の一人だった。ただ、守備はマジクソのままだった。


・ミスタージョーカー

とにかく呼ばれ続けるが、主に途中出場で切り札として使われてきた人を選んでみた。これはこの人で決まりである。


picture of player

招集23回のうち、途中出場17回脅威のジョーカー大黒である。W杯予選ぎりぎりのゴールなどで何度もジーコを救っていたのが印象的だった。惜しむらくはW杯本選でほとんど活躍できなかったことだろうか。四の五の言わずに点をとるなら、この時代は彼しかいなかった。


・ミスターベンチ

これは先ほどの代表オブ代表とは違い、呼ばれるものの出場機会に恵まれなかった選手である。



picture of player

これは三浦淳宏である。

招集回数は半分くらいの37回を超えるも、その間の75%は出場もなくベンチを暖め続けた。ベンチ数、ベンチ率ではGKの土居のほうが多いのだが、まあ第3GKだし、やはりこちらだろう、と。競争相手の三都主が非常にタフでジーコのお気に入りだったこともあるし、代えづらいサイドバックだったことも災いした。これだけバックアッパーとして呼ばれながら本大会の出場はなし。もしかしたらジーコを最も恨んでる選手かもしれない。


・こんな選手も呼ばれてました

他に代表にこんな意外な選手も呼ばれていたというのをちょこちょこと。

まず中西永輔。98年W杯で活躍した彼だが、なぜか就任2試合目でいきなり呼ばれてスタメンで使われ、その後は呼ばれることさえなかった。おそらく服部がいなかったためでもあると思うが、それにしても酷すぎる。山下芳輝でも同じことやってるし。

それと上野良治。当時強かった横浜FMの中心選手だったので呼ばれて当然なのだが、一度呼ばれてベンチ座らせて、それで終わり。海外組ひしめく中盤に食い込めなかった。まあ代表が似合うタイプでもないけど、なんで呼んだ。

また柏の平山智規、流浪のウイング広山望も使われてないが呼ばれている。ウイング不要のチームで、何をしたかったのかはよくわからない。

あと、手島和希がなぜか1度呼ばれてる(ベンチ)のだが、これは人間違いだったのだろうか。

他にそこそこ使われてる中では山田卓也黒部光昭藤田俊哉などが懐かしい。彼らも本大会は出れなかった。

若手がそこそこ呼ばれてるも面白い。阿部勇樹、駒野友一、巻誠一郎、佐藤寿人、田中達也、松井大輔、石川直宏なども呼ばれてる。巻と駒野以外はほとんど使われなかったが。これが後々オシムに負債として圧し掛かってくる。




さて、ほんとはまとめてやるはずだったのだが、意外と書く事多くて、1回で終わらなかった。
次回以降もまたやるので、読んでくれ!!
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2013-11-05 21:44:39

日本代表マンネリ論~統計的観点から~

テーマ:フットボール
どうもみなさんこんばんは、お元気でしょうか?

私は代表の試合もなく、ジェフがとんちきプレーをして負けるのを指をくわえて眺めています。悲しいです。

さて、急な話ですまんとは全然思っていないが、代表の話をしたいと思う。ほんとにすまんとは全然思ってなくてすまん。聞け。

よく代表の試合が続くと、某匿名掲示板や某ツイッター某意識の高い代表サポーターなんかからは「またこのメンバーか」「新戦力試せ」「俺の齋藤学」「俺の原口元気」「俺の中村直志」「俺とお前と西大伍」などの声が上がる。特に直近のザッケローニは試合内容の停滞もあり、色々なことを言われている。

ややもすれば「マンネリ」「定食」などと揶揄される日本代表だが、ほんとにそうなのか?ということを調べてみた。代表のデータを見ることで、ザッケローニがマンネリなのか、それとも他の代表監督もそうなのか、というのが見えてくるはずである。

今回のデータはジーコ、岡田、オシム、ザッケローニの4人の代表監督から取った。ほんとはトルシエもとりたかったのだが、JFAの公式からは消えているし、うまくとることができなかったので、割愛。なんで消したJFA。

割と膨大なデータなので、ここにまとめてアップしときます 。ほしい人がいたら、持っててください。データ見ながらこの記事を読むと、けっこうはかどるかもよ☆ データの見方は○がスタメン出場、△が途中出場、×がベンチ入りで、無印は招集外・ベンチ外となっておりまする。

で、とりあえず各監督の面白データについては次回で延べるとして、とりあえず総論としてまとめたデータをどばーん!



picture of player-a

各代表監督の総招集人数をまとめた。
ここでの招集とは試合に出るかベンチに入ったものを招集と数えた。ベンチ外だったら招集されてないことになってる。合宿だけ呼ばれた、とか試合に呼ばれたけどベンチ外とかはカウントしていない。ていうか、そんなデータが見当たらない。JFAめ!!

1.試合数の激減

まず、試合数を見ていきたい。ジーコは4年間で72試合、岡田・オシムは合わせて70試合、そして、ザッケローニは現時点で47試合となっている。ザッケローニに残されているのは、今度の欧州遠征と来年の親善試合、そしてW杯本選のみである。おそらく、55試合には届かないはずだ。

つまり、試合数の激減が起こっている。内容を見ていくと、国内組だけの親善試合がかなり減っているようだ。なので、ジーコ時代によくあった国内組だけの試合で大活躍!→海外組戻ってきたのでおまえ交代ね、という理不尽ターンオーバーが起こりえない状況となっている。

そして、この試合数の減少は、国内リーグの日程が破綻しかけている状況の中、これからも続くことだろう。

また、統計にはとっていないが、ジーコ時代やトルシエ時代によくあった「試合しないけど合宿」はザッケローニにはほとんどない。これも今後の代表を見ていく上で、見逃せない現象である。


2.招集人数

次に招集人数だが、ジーコが66人、オシムが53人、岡田が79人、ザッケローニが80人という数である。一番オシムが少ない数となっているが、これは在任期間がわずか1年半だったためである。

そして、その総招集人数を試合数で割ったのが隣の列である。ジーコは0.92、オシムは2.65、岡田が1.58、ザッケローニが1.70となっており、当然のことながらこの数が多ければ多いほど、新戦力に対して門戸を開いている、ということができるだろう。ジーコが極めて低い値であり、あの漂っていたマンネリ感も納得というところである。そして、ザッケローニもマンネリだといわれているが、歴代の監督に比べればかなり高いほうである。

オシムはちょっと異常な値だが、その理由はまた後述する。


3.生き残り人数

さて、その隣のデータだが、これは調べてみて面白かった。最初の半年に招集した人間の中で、何人がワールドカップまで生き残っているか?というデータである。当然、ジーコと岡田しかデータはない。

びっくりしたのだが、ジーコはトータル15人、岡田はなんと20人が生き残っている。そして、( )内はW杯初戦でのスタメン数でありジーコは9人、そして岡田は最初の半年に呼んだ選手の中からスタメンを全員まかなっている。

たった2つの例しかないが、これは代表監督の一般的傾向と呼べるかもしれない。その理由は次の4で述べる。


4.招集人数は減っていく
トータルの人数は出したわけだが、それがどういう時系列で招集されてきたかを表すのが次の表である。


picture of player-b

この表は半年ごとに新顔をどれだけ呼んだかを現したものである。ここでいう新規招集というのは、その代表監督の下での新規であり、初代表ということではない。

当然のことながら、最初の半年は大量に招集され、段々とその数は減っていっている。なぜなら、選手の数は有限であり、有能な選手はもっと限られているからだ。

オシムはその大量招集期のうちに退任したため、招集人数/試合数が異常な値となっている、ともいえる。ただ、それでも十分に新顔は試しているのだが。

この傾向は、↓のようにグラフにすると、一目瞭然である。特にすごいのは、ジーコの2年半目のときであり、このときの半年間で、彼は1人も新顔を呼んでない。コインブラ、コインブラ。

picture of player-c

5.マンネリの理由

以上、簡単にデータを見てきた。ここからは「マンネリ」と呼ばれる理由について考察したい。

2.で述べたように、どの監督もけっこうな人数をとっかえひっかえ呼んでいる。ジーコは少ないし、ザッケローニは多いほうだが、ともかくいろいろな可能性を試してみているということは言えるだろう。

呼んでも使わないじゃないか、という批判もあるかもしれない。最初の表の右端の2列を見てもらいたい。これは2試合連続でまったく同じスタメンで戦った場合をカウントしている。「連続同スタメン」は同じスタメンだった2試合がいくつあるか、「最長連続」は同じスタメンで何試合連続で戦ったか、ということを示している。(*目視確認なので、間違えている可能性あり)

これを見ると、あのジーコでも7試合しかない。そして、そのほとんどはあの2004年アジアカップの地獄の連戦がらみである。そして、「定食」と揶揄されることも多かった岡田だが、彼は同スタメンで戦ったのは、ワールドカップ本選のみである。スタメンを変えることが多かったオシムもアジアカップがらみ、ザッケローニは問題にならないくらい少ない。

つまり、スタメンも変わっていってるのである。ただ、それでも俺たちは「マンネリ」を感じてしまう。熟年夫婦のように。

その理由は、やはりチーム作りの方法になるだろう。3で見たとおり、ワールドカップ本選で戦う選手たちは最初の半年でほとんど選ばれてしまう。そして、4で見たとおり、最も選手が呼ばれるのは最初の1年なのだ。

それから先の試合は、W杯に向けて、チームとしての向上であったり、微細な部分のチューニングであったり、組み合わせであったりする。それは傍から見ていると新鮮味がないし、わかりにくい作業であったりもする。戦術の微細な部分の変化を読み取れる識者は数えるほどだし、毎度毎度相手チームのハゲを探してやっきになる俺のような人間も稀だ。自然、ライトなファンは退屈してくる。特に試合内容が停滞している場合にはなおさらだ。だからこう言いたくなる。「マンネリ」と。

だが、考えてみて欲しい。結局呼ぶべき選手など限られているのだ。そして、監督に与えられた時間も限られている。1で見たとおり、試合数の減少は続いていくだろう。そうなると、なおさら監督は自分の戦術を叩き込むだけで精一杯の状況となってしまう。

「なんか、さいきん、マンネリだね」
「そう思ってこんなものを用意したんだ(武器としか形容できない器具をかざしながら)」
「きゃあああああ!!めちゃくちゃにして!!!」


なんの、とは言わないが、マンネリを打破する上記のようなウルトラCは代表においてはありえないのである。ただそこには限られた選手と監督の間におけるコミュニケーションが横たわり続けるのだ。


・結論
代表チームは必然的に「マンネリ」する




ただし、これだけで終わってはあれなので、マンネリをマンネリと感じないようないくつかの方法をご紹介。

・選手に詳しくなる!

Jあるいは海外の試合を見て、その選手が普段どんなプレーをしているのかをチェキ!使われた場合には代表とクラブでのプレーの違いを見て、使われない場合には監督を口汚く罵ることで、マンネリ感をいくらかでも解消できる。海外の場合には、チームメイトが他の国の代表だったりして、思わぬところで出会いがあるかも!

・戦術に詳しくなる!
毎回似たような面子で似たようなサッカーをやるわけだが、戦術を覚えると風景が一変!相手とのかみ合わせ、選手の組み合わせ、その日のプレーエリアの違いなどによって無限の楽しみを覚えることができる。ただ、戦術マイスターになるためには片眉をそり落として山にこもるほどの気迫が必要。とりあえず、戦術系で有名なところを見ることから始めたほうがいいんじゃないかな。片眉剃り落として見ると、効果大!

・面白いところをひたすら探す
これは俺が実践しているメソッドなのだが、どんなブスにもいいところはあるどんな試合でも面白いところはある。それはサッカー以外でも構わない。俺のようにひたすら試合中ハゲに注目したり、線審の動きを取り入れてみたり、解説の一言一言に突っ込みを入れたり、あるいは観客席のウェーブにあわせて擬似ウェーブをしてみたりと無限の楽しみ方が!!ただ、難点は一人暮らしか一人部屋じゃないと、きち○がいと思われてしまうところである。家族不推奨。


と、まあ適当な解決策だが、根本的な療法は、結論が結論であるため、ない。
とにかく、代表を愛せ、サッカーを愛せ。以上!解散!



あ、個別の代表にちょこちょこ突っ込みを入れるのは、次回!!!
けっこう意外な選手が呼ばれたりして面白いので、書いたら読んでねー。

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