昨年のいつだったか
頂いた相手も忘れましたが
「鼻セレブ」というティッシュをもらいました。
 

花粉症で困ってる人にはこんなティッシュが
重宝されるんだろうなぁ…と思って
受け取ったことだけは憶えています。
 

私は風邪をひくことも少なく
鼻をかむことはほとんどないので
必要な人を見かけたら渡してあげよう
…と、ず~っとカバンに潜ませていました。
 

そんなチョッとセレブなティッシュは
パッケージもほんの少し高級感が漂ってます。
 

それなのに、
今朝カバンを探っていると
見るも無惨に裏面も破け
シワシワな状態の鼻セレブが出てきました。
 

このティッシュを持ち歩くようになってから
何人も花粉症の人に出会ったにもかかわらず
鼻セレブの存在はスッカリ記憶の彼方。
 

忘れてた~(>_<)
 

こんなことは
大したことじゃないかもしれません。
 

ただ、
この件で
頭をよぎったことがありました。
 

この鼻セレブのように
持っているのにスッカリ忘れて
好機を逸していることはないか?

そんなふうに思ったのです。
 

中年を過ぎると
これまでの歩みで忘れ去っていることがたくさんあるように思います。
人生という名のカバンの中身チェック
忘れないようにしないと…(汗)

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人生の質

テーマ:

3月のメルマガは人生の豊かさにつながる質について
【人生の車輪と「忙しさの“ 質 ”」】というタイトルで綴りました。

▼こんなふうに書き出しています。
----------------
「忙しい」という漢字は
「心」を「亡くす」…と読み解くことができる。
…そんなふうにきいたことがあります。

若い頃は
「へ~、そうなんだぁ」程度の思いでした。

それが、中年期を過ぎた頃から
別の捉え方をするようになりました。

それは
「忙しさ」にも“ 質 ”がある…ということ。

そして、その質を見極めずに過ごしていたら 
人生が取返しのつかない方向へ流れてしまうという怖さについてです。 


興味を持って頂けた方
続きは「生きやすさのヒント!」でどうぞ。。。

 



 

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今朝メールチェックをしていたら
FBで友だちになっている人の
お誕生日のお知らせが来ていました。

 

既に亡くなっている方のものです。
同性で同じ年の
ある期間一緒に仕事をしたことのある方です。

 

亡くなってから5年ほどになるのかなぁ。
40代半ばで
入院して1ヶ月も経たずに亡られました。
驚きと悲しみが押し寄せたことを思い出します。

 

私もいつかは死んでしまう。
それが明日かもしれない。

 

それを想いながらも
「あと20年くらいは働こう…」などと
勝手に都合よく考えている自分も居ます。

 

また、
もうこんな歳なのだから
これに取り組むのは遅いかも…など
年齢への抵抗を感じることもあります。

 

年齢相応の自分も大切だと思いながら
年齢にとらわれることで動きが鈍るのは
違うんじゃないかと思ったりもします。

 

例えば
25歳の人が
「平均寿命を考えるとまだまだ時間はある。
  これをするのはもっと先でいいか」と
大切なことを後回しにして
間もなく亡くなることもある。

 

一方60歳の人が
「人生の長さを考えると
  もう現役で動ける時間はわずかだぁ」と
したいことをあきらめたにもかかわらず
100歳まで生きることもある。

 

そう考えてみると
年齢を全く考慮しないで
居ることはできないけれど、
考え過ぎて動き出さないことで
後悔することもあるよなぁ…と。

 

じゃあやっぱり
林先生が言うように
やるのは
“今でしょ”ってことになるよなぁ…と。

 

今朝は亡くなった方の
誕生日通知から
こんな思いが広がりました。

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お腹を抱えて笑うような若い頃の楽しさ、
ホッとする自然を愛でる熟年期の愉しさ。

誰かと一緒におしゃべりして過ごす楽しさ、
ひとり内側を感じながら過ごす楽しさ。

どちらが良くて
どちらが悪い…というわけでもなく
その時の気分でたのしみ方を分ける。

ひとり愉しむ時間に愛犬は程よい連れになってくれます。

どこに行っても人ごみが予想される連休に穴場だと出かけたのは観濠クルーズSakai。
お天気と日程があわずず~っと行けてなかったところ。
愛犬ルルと一緒に50分のクルージングを楽しみました。

ボランティアさんのガイドを聴きながら堺の名所、歴史について知識の無い自分に唖然。
40年以上住むわが町のことを知らなさ過ぎるぅ。。。

若い頃は住む町の歴史などに興味は無かったけれど、
自分自身に半世紀もの歴史ができた今、街のそれにも関心を寄せたくなってきました。



堺という地名は旧摂津国と旧和泉国、旧河内国の三国の「境(さかい)」に発展したまちであることからつけられ、
市章は「市」という漢字が3つ合わさってできているという。
また、自宅からすぐ近くの三国ヶ丘はをの三つの地域が見渡せるところに位置しているらしい。

…知らなかったぁ。

若い頃は住む町の歴史などに興味は無かったけれど、
自分自身に半世紀もの歴史ができた今、
町のそれにも関心を寄せたくなってきました。

知る楽しさは自分の知らない知識を自分とリンクさせられることで深まっていきます。
今回つくづく感じました。
このクルーズ、また行きたいっ!

憧れている人、慕っている人
そういう存在の人はいますか?

先日、ラジオで「私淑する」というフレーズを聴き
自分を振り返ってみました。
「私淑(ししゅく)」というのは、
直接教えを請うわけではないけれどひそかに師と仰ぎ
著書などを通してその学問や人格に学ぶことを意味するのだそうです。

そういうわけで、私には私淑する人はいるかしら?…と
振り返ったわけです。
人生を歩む中で拠って立つ考えを示してくれるような私淑できる存在に
恵まれるというのは本当に心強いですよね。

歳を重ねると人生への迷いが少なくなると思っていましたが
私の場合は、そうでもありません。
若い時とは違った迷いや戸惑いが起こってくるなぁと感じます。

そういうこともあって、10年ほど前からでしょうか、
先を歩いている素敵な先輩方に憧れつつ、
その人格を学び得たい気持ちが強くなり
本を読む姿勢が変わってきたように思います。

数少なくてもいい…
これからも私淑できる人を見つけるべく
こころのアンテナを張っていこう…と意識することで
そういう存在って現れるものなんだって
最近実感しています




 「心の辞書」をオープンしました。
カウンセリングルームREBORNサイトに掲載していたコラムを改編したものです。

ラインナップはこんな感じです。
コミュニケーション(人間関係) / 生きやすさへの道(AC) / 性格 / 気分  
自分との対話 / 自己実現 / 子育て、親育ち / 中年という季節

どうぞお立ち寄りくださ~い♪


 生きやすさのヒント!…更新しました♪
今月のつぶやきは「一人前のおとな」です
こちらからお入りください>>>




学生時代の友だち
職場での友だち
趣味を通じての友だち
子どもを通じてのママ友

いろんなシチュエーションで知り合った人たちを「友だち」と呼べる間柄になるのは
そんなに簡単なものじゃないなぁと最近思います。

昨日友だちと話していて
「私、友だちって呼べる人少ないわぁ」と彼女がポツリ。。。
私から見ると、たくさんの友だちがいるようにみえる人です。

聴いてみると、
仲間と友だちとは趣きが違うというのです。

確かに、私もそう思います。
仲間というのは、同じ目的に向かって一緒に取り組んでいるイメージがありますが
友だちは少し違います。
ただ単に同じ場所で時間を過ごしているだけではない
通じ合う温かさを感じ合えるという感覚的なものに『友だち』のイメージが重なります。

そういう点でいうと、私も友だちと呼べる人は数えるほどしか居ません。
学生時代に友だちと呼んでいた響きとは確実に違っています。

中年期に入ると特に思います。
歩んできた道のりも含めて
その詳細を聴くわけではないけれど
お互いにいろんなことを経験してきたよね…的な思いで
自然と寄り添える間柄。
同性でありながら愛おしさも覚える親密感。
歳を重ねるって悪くないなぁ…と思わせてくれるつながりです。

そして、仲間と呼ぶ間柄との違いについて
私の場合は、
価値観が似ているとか
そういうことだけではなく、
まるごと大好きと表現したい相手だということ。

内面の話しを飾らず語り、深め合う中で
相手を理解していくことに加えて
自分自身についても理解が深まる感じがするのです。

ただ単に楽しいおしゃべりで時間を埋めるのではなく
若い時に抱いていた進化への欲求から
今は、自分自身の深化の欲求へと変化するのが歳を重ねる醍醐味かも…。
そんなふうに想います。


一つ何かすると 一つ忘れる私。
うなだれること多し…な私ですが、またやってしまいました(>_<)

先日、ある催しで一緒だったGEMちゃん(ワークショップでのガイド役:水田めぐみさん)
お手製のいかなごの釘煮を持ってきてくれていました。

「ありがとう!うれしい!」と喜んで頂いたのですが、
その後に行った集まりで置き忘れてしまったのです。

大好きな先生が主催する集いでした。
そこに行く前には、前に入ったお店で傘を忘れ、
先生にことわってから取りに戻りました。
帰りには先生から
「足立さん、傘わすれてないね」と言われ
「はい!」と元気に返事をしました。

帰りの電車でいかなごの釘煮を忘れたことを思い出したのです


先生にその旨をメールしました。
そしてGEMちゃんにもごめんなさいメールをしました。

どちらからの返信も1行目目が
「はははは」と笑いで始まっていました。

先生からは
「遠慮なく頂いときます」…と。
そして先生の知り合いでもあるGEMちゃんからは
「いかなごくんは、先生んちに行って、よかったよかった」…と。

やさしさいっぱいのメールにホッ…。
一つ何かすると 一つ忘れてしまう私。
まぁ、こんな私やけど…と甘く温かく自分を見つめる私です。とほほ…。


今月末は夢書体験ワークショップです。
一緒に楽しみませんか?
お待ちしてま~す♪

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http://trial.reborn.jp/toiawase.html
場  所 : カウンセリングルームREBORN
参加費 : 2500円
定  員 : 3名

中年期の失意

テーマ:

保育園時代のママ友と久しぶりに話しました。
彼女曰く「これからやりたい…と思うことがないのよ」…と。
障害者施設で働く、いつもニコニコ顔が印象的な彼女。

話しを聴いていて感じたのは、
やりたいことがないのではなく、
やりたいことを思い描く時間的、体力的余裕を持つのが難しいのだということ。
私と同じ歳(49)の彼女は、キャリアも20年以上となり
責任は重く、そして仕事量も多くなっている様子。
子ども、夫…そして自身の体調のことなども加わり
抱えきれないものを携え毎日を進めてることが伝わってきました。

更年期も関係する身体の変化、
そして、
若い頃はサクサクできていたことが難しくなるという喪失感。
それに加え、今までとは違う精神的関わりが必要となる子どもへの対応など、
中年期の課題が目の前ある中、日々の仕事は山積。

そんな中で、やりたいことへの欲求がかき消されていくのではないか?…と。
これがいわゆる中年の危機…というやつなのかと考えたひと時でした。

今日配信のメルマガ「生きやすさのヒント!」では「大切な人に愛され続けるには」と題して
つぶやきました。
友人の一言から気づいた「愛され続けるコツ」のようなものを綴りました。

でも書いている途中、反論のように頭をよぎったことがありました。
それは、パートナーを愛することに違和感のある人からの嘆きです。

そこで、メルマガでは愛され続けたい人に向けて書きましたが
そういう思いになれない方へは、別記としてこちらで綴ることにしました。
(長年時間を共にした今、パートナーとの関係に迷いのある方へのメッセージです)

さてさて、
愛し続けるのに違和感を感じる人と暮している…というのは具体的にどういう状態なのでしょう?

それは
失望と落胆を繰り返すような相手の言動に行き場のない思いを巡らせた経験から
「あぁ、この人とはもうダメだ」…というあきらめの境地です。

お見合いにしろ恋愛にしろ結婚に踏み切る時は相手との将来に期待を寄せ
より良い未来を想像して一緒になったはずです。
それが、年を重ねるごとに見えてくる相手の本質……目を背けたくなるような現実。
それでも、楽しい結婚生活を…と工夫されたことがあったかもしれません。
にもかかわらず、その効果はなく相手に変化がみられない。
異性はたくさん居るというのに「どうしてこの人と結婚してしまったのか…」と自身の決断を
悔いてしまう…そういう人もおられるでしょう。

だからといって悔いてるばかりではいられません。
人生はまだまだ続くし、楽しめる機会はたくさん用意されています。

支えあうこともできない、生きるスタンスが違いすぎる
あなたにとって「箸にも棒にもかからない人」と感じているなら
迷わず相手への一切の期待(エネルギー)を断ち切ること!

だからといって、スグに別れたほうがいい…というのではありません。
大切なエネルギーは効果的に使ってこそ意味があるということです。

エネルギーの無駄使いより
あなたをより開き、そして拓くことを考えてみませんか?
そのためには一人で悩んでいるだけではエネルギー効率は上がりません。
あなたの関心あるテーマを共有する人との関わりが有効です。

・・・関心のあるテーマ?

「そんなのないわ」…という方。
見つけましょう


関心を持つことなく人生を送るのは、パートナーが居ようが居まいが楽しいものになりません。
この世の中にあなたの興味を惹くものが全くない…ということはありませんから
安心して、そして積極的に探す姿勢を持ってください。
少しでも面白いな…と思うものがあればネット検索でスグに見つかる時代です。
ちょっとでも興味を惹く、面白そうなものを見つけたら
「私こんなものに興味もってるの」…とひとこと誰かに話してみましょう。
そうすることで情報も集まりやすくなるものです。

人は相手の生きる姿勢を見て魅力を感じ近づきたくなります。
今すぐ取り組みたいテーマが見つからなくてもオッケー。
それを見つけたいと思いながら生きている姿勢が伝わり、ステキな関係に発展します。

有意義に感じる愉しい関係はあなたの姿勢によって広がります。
それを、パートナーと築けなかったのは残念ですが
潔くあきらめることで違う道が待っています。
有効にエネルギーを使うための心がけで今後のあなたはよりよく拓けていきます





私が死んだ時

テーマ:

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今朝、愛犬の日向ぼっこをながめながら
自分が死んだら....ということ、
また少し思いを巡らせていました。
私は、以前からこういうこと考える方で
特に、平穏な時間に ふ~っと浮かぶんです。

どういう内容かというと

私が学生やOLの時代は日々ルーティンな動きだった為
もしものことがあっても、関係者に気付いてもらいやすかったはずです。

でも、今の私は
ひとりで仕事をしています。
人とのつながりも
私個人の世界で広がっているしがらみのない付き合いです。
そうすると、必然的にこちらから知らせない限り
気づかれることはないのです。

「しがらみのない」…というのは、
子ども関係…とか
親関係…とか
地域関係…といった
自分の気持ちを抑えて付き合う必要がある
利害関係を伴う付き合いのことです。

つまり
今は、私個人が付き合いたい…と思う相手とだけのつながりがほとんどなのです。
これは、いいとか悪いとかではなく
今の人間関係がそうなっているのです。

そういうわけで、
私の命がこと切れた時、
遺された娘に連絡を頼まないといけない…ということです。
それで先日「もしもの時リスト」作成を考えていました。

このリスト
かなり重要です。
本当に私の死を悼んでくれる人だけを
書き残したいから。。。

私が旅立った時、
どのくらいの人が本当に淋しい…と感じてくれるのか。。。

あぁ
自信ないなぁ。。。

確かに
「あぁ あの人亡くなったんだぁ。」
…とは思ってくれても
淋しい、
もっと 会って
いっぱい話しておきたかった
って、思ってくれる人はどのくらい居るんだろう?

知らせておかないと迷惑をかける
…という人は浮かんできますが、
本当に伝えたい人は?というと

う~ん。。。

淋しく思ってくれる人は
死んでみないとわからない…ということでしょうか。。。


これからは、
「もしもの時リスト」に記入させてもらっていいか
許可をとりながら、少しずつ作成していこうと思います。(笑)

その為にも
本当に会いたい人との時間を大切に
そして、
それは、自分の世界をもって
苦しみつつ
悩みつつ
反省しつつ
トライする。。。
それを楽しんでることで
増えていくんじゃないかとも思います。

また、会いたい
まだまだ会いたい
…と思われる人で居たい
人生の後半に入り、
思いを巡らす回数増えたような気がします。