こちらのブログ、大変ご無沙汰していました。
下記はワードプレス(気づきblog)に綴っているものです。
気になるタイトルがありましたら
是非クリックしてみてください。

7/12 自信は自分を感じないことでなくなっていく
7/10 人はみんな変化する
7/8 効率的…って、結局コレ?
7/6 時代の道具….どう使う? 自分の頭で考える。
6/20 過去のリサイクルをやめると人間関係はグン!とよくなる
6/18 どんな状況でも人は「生きること」を選択する
6/12 安定感を持って生きるのはこんなところから…
5/24 オフィーリアまだまだ
5/22 自分の健康は自分の為だけではない
5/16 豊かな人生って こうしてできていく
5/14 お金があっても〇〇がないと、それは貧困状態かも…
5/11 迷いを救う存在
4/27 「言葉にする」は武器にもなるし自滅にもなる…言葉は姿勢が表れる
4/13 どうせ死ぬのになぜ生きるのか(2)不安の扱い方
4/10 どうせ死ぬのに なぜ生きるのか

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昨年のいつだったか
頂いた相手も忘れましたが
「鼻セレブ」というティッシュをもらいました。
 

花粉症で困ってる人にはこんなティッシュが
重宝されるんだろうなぁ…と思って
受け取ったことだけは憶えています。
 

私は風邪をひくことも少なく
鼻をかむことはほとんどないので
必要な人を見かけたら渡してあげよう
…と、ず~っとカバンに潜ませていました。
 

そんなチョッとセレブなティッシュは
パッケージもほんの少し高級感が漂ってます。
 

それなのに、
今朝カバンを探っていると
見るも無惨に裏面も破け
シワシワな状態の鼻セレブが出てきました。
 

このティッシュを持ち歩くようになってから
何人も花粉症の人に出会ったにもかかわらず
鼻セレブの存在はスッカリ記憶の彼方。
 

忘れてた~(>_<)
 

こんなことは
大したことじゃないかもしれません。
 

ただ、
この件で
頭をよぎったことがありました。
 

この鼻セレブのように
持っているのにスッカリ忘れて
好機を逸していることはないか?

そんなふうに思ったのです。
 

中年を過ぎると
これまでの歩みで忘れ去っていることがたくさんあるように思います。
人生という名のカバンの中身チェック
忘れないようにしないと…(汗)

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人生の質

テーマ:

3月のメルマガは人生の豊かさにつながる質について
【人生の車輪と「忙しさの“ 質 ”」】というタイトルで綴りました。

▼こんなふうに書き出しています。
----------------
「忙しい」という漢字は
「心」を「亡くす」…と読み解くことができる。
…そんなふうにきいたことがあります。

若い頃は
「へ~、そうなんだぁ」程度の思いでした。

それが、中年期を過ぎた頃から
別の捉え方をするようになりました。

それは
「忙しさ」にも“ 質 ”がある…ということ。

そして、その質を見極めずに過ごしていたら 
人生が取返しのつかない方向へ流れてしまうという怖さについてです。 


興味を持って頂けた方
続きは「生きやすさのヒント!」でどうぞ。。。

 



 

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「こう考えるのが当たり前」
「普通はこう考える」
「これが常識」
 

何を基準に
「普通」や「当たり前」を決めるのでしょう?
 

「普通」や「当たり前」を正しさとし
それを追い求めていると
時に胸が苦しくなります。
 

先日友人とこの話をしていて
発達障害に話しが及びました。

多数派を「普通」と捉えると
障害を持つ人は少数派であり
「普通でない」と捉えられがちです。

 

発達障害と言っても
発達傾向の偏り度合いは
それぞれ幅があり一括りにすることはできません。
 

それを踏まえての
友人の発言が腑に落ちました。
 

それは
さまざまな人と関わりを持つために
発達に偏りがない…と思われる人にこそ
実は「社会に適応する」という形で
歪みが生じでいるのではないか?…ということ。
 

それに対し
持って生まれた特性を歪ませることなく
成長を遂げられるのが発達傾向に偏りがある
…と言われる発達障害者ではないか?
 

何が「普通」か?
…ということよりも
もっと大切なこととして
胸に響きました。
 

優劣ではなく特性、
短所ではなく長所、
…と捉えられると
人生を眺める時の
景色も変わってくるように思います。
 



もう間もなく新年度。

間違いなく進む時と共に
心の進化も遂げていきたい。

思い巡らすことをつぶやき
それを文章にしたい…と
思いつつなかなか綴れていませんが
▼今月のブログを挙げてみました。



「友だちが欲しい」というつぶやき
カウンセリングの中でよくききます。

他愛のない話をする友だちもいいけど
やっぱり心の内を分かち合える友人がほしい

でも大人になると難しい
どうやったらできるのだろう?
そう思っている人は多いと思います。

そんな話を久々に「こころの辞書」へアップしました。
>> 友だちが欲しい



 

人生の残り時間

テーマ:

 

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今朝の会話
娘:今日で52歳かぁ。おめでとう
私:え?52歳やったっけ…え?
娘:あ、51やった?
私:そうやろ。たぶん。。。

 

 

ツイッターを見ると
画面に風船がポワ~ン♪と上がってる。
バースデーサービスね。


でも、風船があがるような喜びはないし。

 

いつからかなぁ?
誕生日を迎えて
自分の残り時間を想うようになったのは。

 

まあ事故なんかに遭わず
大病も患わなければ
現代人は90歳くらいまで生きるのかなぁ?
いやもっと?

 

でも、
稼働率低く、たいして役に立たない状態で
生きながらえたいと思わない私は
そんなに長生きは望んでいない。

せいぜい70歳くらいまで生きられたらいいかなぁ…
そんな感じ。

 

そうすると
あと19年。

 

何ができるんやろ。
焦っても仕方ない。

 

尊敬する先生のツィートを覗くと
70過ぎてはるけれど
着実な一歩を確実に進めてはる。

 

気負わず
できることを
きちん きちんと…。

 

見習いたいけど
そのハードルは見上げるくらい高い。

 

でも見習おう!
見習いたい!

 

老け込まず
張り切り過ぎず。

 

淡々と飄々と…
そして
挑戦を忘れずに。。。

 

注文したものが翌日届く。
初めは驚いていたのに
最近は即日届くことも定着してきました。

 

これを異常だと感じていた私。

 

でも、時間を指定しておきながら
それを忘れて不在のことがありました。
でも「再配達」をお願いすればいいか。
いや、お願いしなくても来てくれるし
…なんて思っていたのも私。

 

便利さが当たり前になり
感謝の気持ちが薄くなっていました。

 

再配達してくれた方には
「すいません、何度も…」と頭を下げる。
謝るくらいなら、ちゃんと居ろよ!
…と心の中で自分にツッコミを入れる。

 

ヤマト運輸は、
ドライバーの労働環境の改善に向けて、
時間帯指定の配達を見直す方針を固めた

…というニュースに


「そらそうよ。そうしてあげて」と
心から思いました。
サービスの質が後退したと感じる人が居るかもしれない。


でも、私はイイと思う。
そうするべきだと思う。

 

指定した時間に届くのは確かに便利。
でも、
その陰で大変な思いをしている人のことを
考える心の余裕や優しさは忘れたくないですから。
それに何より配達してくれている人の心身の安全が第一!

 

便利はもちろん有り難い。
でも便利過ぎる事って
そんなに必要ないんじゃないかと思う。

 



「自分を変えたい」と思っている人は多いです。
これを「今の自分がダメだ」と自己否定だという人もいます。
でも私は『「新たな自分」「未知の自分」を見つけたい』…と
自分の可能性を求めた心の動きだと理解したい。

そこで今回のメルマガ(生きやすさのヒント!)ではちょっとベタですが
こんなタイトルでつぶやきました。

「自分を変えるシンプルな方法」


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私たちは知らない間にいろんな枠にハマっています。
ハマっていること自体に気づかない。
そんなことを感じさせてくれたワークショップに参加しました。
 

友人が開いてくれた子育てワークショップです。
タイトルは
「子どもの個性をジャマしない」です。
子育てをほぼ終えた私ですが、興味深い内容に気づきを深めました。

昼の部、夜の部ともに10人以上集まりました。
話し手である友人がスペインの焼き菓子を作って来たり、参加者は一品持ち寄りだったりなどアットホームな雰囲気の中、会はスタートしました。
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発達傾向に偏りのある子を持つその友人が語る、悩みつつ丁寧に進めた子育て。
世間一般の常識にとらわれることなく、その子に合わせた教育方針を貫いた様子が伺えました。

そういう子育てを進める中、日本の教育に疑問を持ったといいます。
この国の教育はその子の強味を伸ばすより、評価を対象とする教育が進められてきたようです。

そこで他の国の教育方針と比較したことで見えて来たものがあったことについて聞くことができました。
 

アメリカ、フランス、イギリスは競争重視
それに対し、オランダ、フィンランドは自立重視

これら2つには、その国が目指す目的がはっきりしています。
 

そんな中、日本は上記方針のどちらにも成功していない中途半端な現状がだということが伝わってきました。
 

エリート教育も
落ちこぼれを作らない教育も
自立して社会をたくましく生き抜く教育も育っていない。
 

あぁ~
うなずけるなぁ。
 

だからこの国では親が子どもをどう育てるか?
どう育てたいか?
それについて親自身が考えを持たず、国の方針に流されていると子どもが苦しむことになる…ということ。
 

これまでモヤモヤしていたことが言葉化され霧が晴れた感じがしました。

時すでに遅しの感が否めない我が家ではありますが、気持ちはスッキリしました。
 

今はいろんな形の教育を選べる時代。
親の工夫次第で子どもの強味が引き出される可能性があると思うと今後の子育てに光を感じます。
 

この友人は、スペインで出産し船上生活なども経験し、今は日本で自給自足に近い生活をしています。まだまだ目が離せない彼女の今後に興味津々です。