著者の濱口桂一郎は、労働問題に疎い私にとって貴重な存在で、彼の本は重宝している。これまでに『新しい労働社会』(岩波新書)と、一年前ぐらいに刊行された『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)と、そして本書の三冊は買って、読んだ。三年前ぐらいに東京都の図書館で派遣社員をしていた頃に読んだ『新しい労働社会』では、日本型雇用の特異性を欧米との対比で分かりやすく説明していて、雇用などを含む労働問題に関心を持った。
さて、本書で言うと、まず高度成長期の概念であると思っていた、賃金が上昇カーブを描いていく年功序列賃金制は、実は、1920年代、つまり戦前からの発想であることが明らかにされていて、衝撃を受けた。「皇国勤労観」というらしいが、呉海軍工廠の伍堂卓雄の提唱がその発端らしい。賃金は、労働者の生活を保障するものでなければならないというのは、「職務給」(職種にもとづいたスキルに対して賃金を払う)とは全く正反対の「生活給」の思想である。日本では、戦前から戦後にかけて、「生活給」思想の大きな流れがあることを知れてよかった。
また、他国に遜色しないほどの育児休業法を整備しながら、多くの女性が呻吟しているのは、欧米とは全く異質な日本的雇用慣行には一切メスを入れずに、制度だけを導入しているからだという問題点の指摘は重要だと思えた。あと、欧米の「男女同一労働同一賃金」がの成立が、平等思想に基くものではなく、男性労働者の既得権益を守るためだったというのも面白い。
賃金問題にしろ、女性労働問題にしろ、個別的に述べるのではなく、日本的雇用慣行から派生される問題として論じているので、全体像が見渡せ安く、わかりやすかった。良書である。