通常以上についての引寄せ | 『真理と道理・人と神』

『真理と道理・人と神』

あの世とこの世のことから人の心や魂や家系の先祖、そこからの道理と常識の大切さを書いています
また先祖や神からの気付きや言いたいこと乗せてます

覚醒者とか悟った者というても、これらがこの先幸せがずーと続くということはない。


覚醒や悟りは魂の部分であり
しかしながら業とは血筋にある
この肉体を持ち生きる以上、人生には波がある


それは悟ることや覚醒したとて、関係のないこと。


ただ、覚醒や悟りを得ていると、来る難題や試練や困難に翻弄されることなく、また現状に心折られることもない
常に平常心が保て、無駄な足掻きがないことでスムーズに物事の展開がある。



引き寄せの現実もそうよ
ある一定期間はどんなものでも引き寄せるろう
しかし普通1年続くのがいいところだ
あまりにも引き寄せが徳を使い、最低限の命すら守る量の徳に手を出そうとした時、思考は引き寄せる事のできる質の思考を、ようせんなる。


後ろに、止められるのよ。
守護霊や先祖というのはな、思考に介入できる。
滅多にせんが、危ない時というのは介入するよ
先祖は肉体から言えば過去の自分であり、その思いはDNAにある
常に重なって人生やっとるようなもんだ。
しかし、どのみち自分が行った判断ゆえに、自分の責任だがな。


思考の現実が悪いことではない
起きた後の自分のふるまいにより後々が分かれるといいたい。


その時に本人に何が起こるか。
今まで順調だったものが、崩れていく。
思考に関係なく体調は崩れ、金はなくなり、家族もガタガタする


思考の持ち方が悪かったなどと関係はない。


まあ、しかし、起こることが起こったというだけの話で、そうそう本当に現実を引き寄せることのできる人間はどれ程おるのか。


『本物は思考の現実から真理を呼び寄せる』


といいよった。



しかし、長い間安定しなかった人間が、思考は現実するということを知った時には、バランスがとれるだろう。


一般ラインより下におる時に、中ほどに戻るならそれは長く続く
この話は一般ラインより上の物を頂いた時の話しだ。
人生の背丈に合わん分をもらった時の反動を言っている。




もしも引き寄せとこの世の仕組みである陰陽を見切った人間がおった時、そいつは必ず不幸をも自ら呼ぶだろう。
先のために。


私は一つ聞いてみた
厳しい修行するより100の不幸をした方が確実に早いのに、なぜ人はやらないのかと


それは『魂が汚れる事が恐いからだ』と言われた


人生というもので、死の淵を味わえば確実にその反動はこの世の陰陽の法則から裏返って悟りになるのに、俗世から離れたところで修行したとて。


面白いもんでね、何かを手にいれようと思えば確実にそれが手に入らん思いをすれば、のちに勝手に手に入る。


代償がいるとよくいうだろう。


それは人である個人というものではなく、その個人に求めた想いそのものという視点でね。



まあ、しかし
神様の姿になる前の大元はそんな代償だというて、自分の命と引き換えに何かを生かす必要がいらん方でね
戦国時代のように、何かのために死ぬ必要がないことが、今の時代のええところかな。


神様は陰陽の法則にて動くけど、大元はこれの外におるから関係ないからねえ。


やけん罪を無償でなくせる力があると前にいいよった。
そこに向いて人を拝ませと
それがまだわからんというね。