「後1シーンだな。順調にいっているようで何より。それが終われば次はTBMだ。」
「えぇ。そうですね。」
社さんはパラパラと手帳を広げ、予定を口にする。朝、確認したことを今更繰り返すというのは、敏腕マネージャーにしては珍しい行動だった。様子からして、何か新しい仕事が入ったというわけでもなさそうなので、なおさら奇妙に感じる。
「TBMが終わったら。…一度事務所に帰るぞ。」
「そうなんですか?」
それは朝の予定にはなかったこと。そのため、少しだけ目を瞠る。そういえば、最近LMEにいくことがあまりなかった。
「あぁ。ここでの仕事が順調そうだから、TBMの入りの時間も調整して、事務所行きの時間を作ってきた。やっとまともな報告をする時間がとれそうだ。最近、本当に忙しかったからな。……まぁ、オフを取るため、というのもあるけれど。」
「……それは、申し訳ございません。」
一月半前に起きた仕事のトラブル。その後の俺の『オフが欲しい』という願い。
社さんは、その突然できた2つの難題に対し、一瞬だけ顔色を変えた後。
『よしきた、お兄さんに任せておきなさい!』
と力強く頷いたのだ。
理由を聞かれることはなかった。
問われたら答えるつもりではいた。
今更彼女への想いを隠したところで、意味などない。
だから、ものすごくからかわれることも、そしてそこらの乙女も驚くほどに乙女らしく瞳をキラキラさせてくることさえも覚悟してオフの願いを口にしたのだ。
だから、何も言われなかったことには逆に拍子抜けをしていたのだが。
先ほどの発言から察するに、「休みがほしい」と言った時点で、俺と彼女の間に何か変化が起きる出来事があったことなんてお見通しだったということなのだろう。
「謝る必要はないよ。全然我がままなんて言わない、手のかからない弟に甘えられて、嬉しくない兄はいない。」
「……そうですか。」
「ぐふふ、だからな?お兄さんは、蓮君が喜ぶことはなんだってしちゃうわけだ。」
「………ありがとうございます。」
20歳を超えて、ちゃんとした『大人』になったつもりでいた。
だからこそ、多少の年の差のある男とはいえ、今更ながらに『弟』だと呼ばれ、甘やかそうとしてくれる存在がこそばゆい。
「ちゃんと聞いているか?蓮君。」
「え?聞いているつもりですが?」
「だから。お兄さんはね。喜ぶ蓮君のためになら、なんだってしてあげるって言っているんだ。……TBMでの仕事が終わった後、事務所に行ったら、誰がいると思う?」
「っ!!!!」
「と、いうわけで。ミスは許されないぞ?頑張ってこい。」
「はいっ!!」
なんだか恥ずかしいな……などと思っていたというのに俺は、『兄』が提示する美味しい餌に一瞬にしてかぶりついた。
その後の撮影がどれほどスムーズに進んだかは……終了後の社さんの苦笑いを見たら、一目瞭然だった。