「社長……。」
「社長…さん?」
「二人とも、今日は俺の息子の結婚式に来てくれてどうもありがとう。さぁ、お遊びはそれくらいにして、とっとと準備をして来い。」
ニッと不敵な笑みを浮かべながら、呼ばれた覚えのない突然の結婚式への参加を言い渡された二人が呆然としている間に、ローリィは、「おい、テン。」と当然のごとく美の女神を召喚する。
「やっほ~、キョーコちゃん。それから、蓮ちゃんも。」
「あぁっ!!ミューズ~~~~!!お久しぶりです!!」
ローリィの背後からひょっこりと現れた人物に、キョーコは一瞬にしてテンションを上げてしまう。
「本当に久しぶりねぇ。まぁ、感動のあいさつは後にして。さぁ、キョーコちゃん!!まずはそのウエディングドレスを脱いじゃおう!!ささ、男どもはとっとと退出しちゃいなさい!!」
ここからは私の領分だというように、テンは彼女との再会に興奮するキョーコ以外の人物を部屋から追い出しにかかった。
「全く、お前というやつは、最後まで世話をかけさせる奴だな。」
「……申し訳ございません。」
追い出されたその先で、残念なものを見る視線で語りかけてくるローリィに、蓮は素直に謝罪した。
「ま、初恋というものは基本的に報われないようにできているもんだ。それを思えば、お前はそれを勝ち取っただけましなんだろうがなぁ。」
「…………。え?」
「え?って、なんだ、え?って。お前の初恋は最上君だろう?」
「は~~、やれやれ。」と呆れ切った表情を浮かべるローリィを、蓮は呆然と見つめてしまう。
「……敦賀君。君、キョーコが『好きな男ができた』と言って目の前からいなくなったらどうする?」
「!?そんなっ!!そんなことっ!最上さんが言うわけないじゃないですか!!」
そんな言葉は、愛の欠落者たる『最上キョーコ』が言うわけがない。
蓮は、即座にクーの言葉を否定する。
「そんなこと、分からないだろう?愛を拒絶していたあの娘は、今、君の手を取ったじゃないか。」
「………………。」
「君だけがキョーコを愛していたと思っているなら、それは間違いだ。あの娘もまた、あの娘なりに君のことを愛していた。…愛を愚かなものだと思っていたあの娘にとって、君への想いに気付かされた絶望は、大きなものだっただろう。」
「そうだろうな。そもそも、お前に好きな娘がいることを、あの子は知っていたから。……自分じゃないと思っているところが、最上君らしいといえば、らしいところだがな。」
「愛を取り戻したあの子は、これから美しくなるぞ。そして、いつか君以外の誰かを好きになる時がくるかもしれない。」
「そんなこと、させません!!」
「だが、ありえない未来じゃない。」
「だとしても……!!絶対に、離したりしない!!」
誰が敵となっても。神さえもが敵になったとしても、彼女を奪われることだけは絶対に許せなかった。
この感情の正体に名前を付けるならば、きっとそれは『愛』ではない。
もっと重く、暗く、激しい強烈な感情だろう。
キョーコが蓮の傍にいるから、目に見える想いとしては穏やかで暖かなものであるだけで、キョーコを奪われると感じた瞬間に沸き立つ想いはそんな甘やかなものであるはずがない。
「そんな強い想いを、他の女性に抱いたことが、君にあるか?」
「っ!!!!」
言われて…過去の、『彼女』たちのことを思い出す。
『クオン』を好きだと言ってくれた彼女たちを、大事にはした。望まれたことならできる限りのことはしてきた。
だが、彼女たちの望みが『別れ』であっても、全く引き留めたりしなかった。絶対に離すものかと、必死になったことなんて、一度としてなかった。
「俺の、初恋………。」
恐らく、10歳の時に出会った少女にも抱きかけていた想い。
まだ恋と呼ぶには時間が浅く、美しい思い出になってしまっただけだった、幼い日の記憶。
だが、その先には、21年間生きてきた男の、初めての恋の欠片が確かにあったのだ。