「……きっと、理由があるんだよね……。」
ハデスの食事が終わったと、呼びに来てくれたガイコツについて行って、診察をした後も。
あの日のハデスは無言のままだった。
どれだけコレットが話しかけても、何も言葉を返してくれなかった。
あの日は、怒っているのだろうと思っていたけれど………。
「ちゃんと、聞かなきゃ。」
だって、まだ納得できていない。
別に、美味しそうなスープが飲めなかったことがひっかかっているわけではない。
そもそも、冥府や天界の食べ物をあえて食べてこなかったのはコレットのほうだった。神々も、いつもコレットに『人間用』の食事を準備してくれていたことに、疑問すら浮かべなかった。
それなのに、あの日はつい、あまりにも空腹だったことと美味しそうな香りに誘われてうっかりと誘いに乗りかけてしまった。
でも、そうして口につけた時。
『神様』の食べるものを食べた時に、『人間』であるコレットに及ぼされる影響は、あるものなのだろうか?
それとも、あのハデスの怒りは、人間風情が神の食すものを食べることへの単純な怒りが込みあがった結果だったのだろうか?
あの、怒りと焦りを含むハデスの制止の声は、どこに起因しているものだったのだろう。
「………よしっ!!」
コレットは、深い眠りへと落ちていった少年の隣に座ったまま、小さく気合をいれるかけ声をだした。
そして、キッと天井を睨み付ける。
……視線を向ける対象は、本当は地下にいるのだけれど……
「落ち着いたら、冥府に行こう。」
しばらく、あの美しい冥府の王と会っていない。
むろん、避けていたわけではない。怒鳴られようが迷惑そうに眉を顰められようが、彼はコレットの患者なのだ。
でも。『患者』としての彼に会いに行くのではなく、『ハデス様』に会いに行くのでは、コレットの中で意味合いが違う。
まずは、しばらくぶりの診察で、あのワーカーホリックの神様が調子を崩していないか確認をして。
……そして。ちゃんと、聞くのだ。どうして、あの時に止めたのか……
それは、コレットとハデスの住む世界の差を歴然とするだけのものかもしれない。
親しくなっていたと思っていたのはコレットだけだったということを思い知るだけかもしれない。
コレットは冥府の王にとって、単なる『薬師』でそれ以上でも以下でもないと、分かるだけかもしれない。
―――それでも、いい。-――
それでも、ハデスはコレットを大切にしてくれた。
『特別だ』とまで言ってくれた。
死んだその時に、初めて対面するはずだった神様。
その神様と縁が生まれ、そして彼の薬師になることになった。
それだけで、十分なのだ。
胸にはチクリと小さな痛みを感じるけれど。
それを無視して、コレットは決意を新たにした。
「冥府に、行こう。」
このまま順調に患者たちが快復したら、数日のうちに往診に行くことができるだろう。
その時には、薬師としての仕事を全うしたうえで、ハデスの気持ちを確認するのだ。
―――そう、コレットは、決意をしていたのだ……-――