「コレットさん……。」
患者の様子を慎重に診て回るセラを見つめていると、クイクイ、とスカートの裾を弱々しく引く感覚がある。
「あら、起きたの?」
「うん……。」
そちらに視線を向けると、村の少年がうっすらと瞳を開いている。
まだ熱が高い6歳くらいの少年は、苦しそうな息を吐きながら、コレットを見つめていた。
「どうしたの?しんどい?」
「ううん……だいぶ楽になった。ありがとう、コレットさん………。」
「そう。もう少ししたらもっと楽になって、元気になれるわよ。もうちょっとの辛抱だからね?」
弱々しいながらもしっかりとした受け答えに、彼の快復が見える。そんな彼の様子に安心して、笑顔を向けたコレットに、少年は静かに目を閉じた。
「……どうしたの……?」
その閉じた瞼から、うっすらと水滴が浮かび、流れおちる様を見て、コレットは静かに問うた。
「僕……お母さんに言われていたんだ。お隣の家に遊びにいっちゃいけないって………。」
「…………。そう。」
彼の隣の家には、彼と同じくらいの年齢の少年がいた。
その少年と家族は、1年間、遠く離れた地まで赴いていたのだという。
そして帰ってきて一週間後。突然、家族全員が風邪のような症状となった。風邪かと油断したその翌日には、信じられないほどの高熱を発し……。
「それなのに、僕……。遊びに行っちゃって……。僕、あいつと友達だったから……。」
「……そっか、遊びたかったんだね。」
「………うん。」
そういえば、その家に入って患者を診ている最中に、女性の怒鳴る声と少年の叫ぶ声を聞いた気がする。
それを気にする余裕は、その時のコレットにはなかったが。
「お母さんの言う事を破ったから……。こんなことに、なっちゃったのかなぁ……?」
「う~~ん……そうねぇ………。」
「お父さんもお母さんも、僕のこと、呆れちゃったかな?」
この少年の家も、彼の発症に始まり、父親も病に倒れた。だが、初期の段階で判明し、体力も十分にある人だったので、風邪薬で十分に治ってしまった。今では息子の帰りを今か今かと待っているはずだ。
―――どうしてこの子と離れなければならないんですか!?この子は私たちの子どもですよ!?―――
だが、少年は悪化の一途をたどり、コレットの判断で診療所に搬送することになったのだ。それを伝えた時に、叫んだ母親の言葉。
それに対して、コレットが伝えた言葉は……。
「お母さんの言う事を破ったのはよくないことね。」
「………うん。」
「でも、君はどうして言う事を破ってしまったの?」
「え?」
「コレットさんが当ててあげましょう。」
「………。」
「『遊びに行ってはいけない』って言葉に、納得できなかったんでしょ?」
笑顔で少年に問うと、彼はしばらくの沈黙の後、コクリとうなずいた。
「君のお母さんも、君とこうして離れなければならないって伝えたとき、すごく反対したわ。泣きながらあなたについていくって言った。」
「そうなの?」
「えぇ、そうよ。でも、お母さんのお腹の中には、君の兄弟がいるのよね?」
「……うん。」
「万一、お母さんにうつってしまっては、お腹の赤ちゃんにも影響がでる。だから、君は今、この診療所に一人でいる。」
「……うん。」
「……ね?分かる?」
にっこりと笑って少年に問うと、少年は弱弱しく右手をコレットに差し出してきた。
その手をコレットも握りしめる。
「お母さんは、僕のことを呆れたわけじゃない……。」
「うん、そうね。」
「僕が悪かったのは、遊びに行ったことじゃなくて、ちゃんとお母さんに、理由を聞かなかったからだね……。」
「……うん。」
ぎゅっと、コレットの手を握りしめた少年。瞼を閉じた少年の瞳から一滴の涙が流れていった。
「ありがと、コレットさん………。」
「ううん。……さぁ、ゆっくりお休みなさい。」
コレットの優しい言葉とともに、少年は静かに眠りにつき始めた。
その手を握りしめながら、コレットは冥府での出来事を思い出す。
和やかな空気の中、響きわたったハデスの怒声。
―――ならんっ!!-――
あの、怒りの声と思った言葉には。
どこか、焦ったような響きも含まれていたのではないだろうか。