もし。
『その時』が来たら。
お前は………
*******
「こんにちは、ハデス様。往診に参りました。」
「……コレットか。」
昼食をとるために裁判を休憩し、自室のテーブルに座していると、薬箱を背負った娘がいつも通りの笑顔と共に現れる。
「あら、いいにおい。昼食ですか?」
「あぁ。」
「お~~、さすが王様!!イイもの食べてらっしゃいますねぇ……。」
「じゅるり…」とよだれをたらしながら近づいてくるコレットの姿は、およそ年頃の娘とは思えない。
「なんじゃいコレット。腹が減っているのか?」
「ん~~、そうね。今、冬だから結構食材に困っているのよ……。」
「グ~~~……」と主張のように発するコレットの腹の虫の音を聞いて、呆れたような表情を浮かべる。その顔を見て、コレットは「えへへ……」と誤魔化すような笑みを浮かべた。
「……仕方がないのぅ……ならば、スープだけでも飲んでいくか?」
「わぁ、いいの?じゃあ「ならんっ!!」」
家来の言葉に、喜色を表すコレット。
だが、そのコレットの言葉を打ち消すかのように、ハデスの怒声が響き渡る。
「「「…………」」」
途端に、明るい薬師の訪れと共に穏やかに流れていた時が、凍りつく。
「あ……。そ、そうですよね。すみません、私ったら。食い意地、はっちゃって。……調子に乗って、神様と同じものを食べようとするなんて。」
「…………。」
「が、ガイコツも。ごめんね?あ、あはははは……いやぁ~~~……もうすぐ春が来るから、地上も美味しいものが食べられるようになるんだけどね!!あんたが作るものがあんまり美味しそうだから…気を使わせちゃってごめん、ごめん!!」
「……ふ、フンッ!」
その凍りついた空気を払拭するかのように、明るい声で話す少女は、少し黙りこんだ後、ハデスに頭を下げた。
「ごめんなさい、ハデス様。」
「………いや。」
気まずい空気は未だ漂っている。しかし、頭を上げた少女は、にっこりといつもの明るい笑顔をハデスへと向けた。
「それじゃ、私はハリーのところでお食事が終わるのを待っています。お食事、終わったらちゃんと呼んでくださいよ?私、診察に来たんですから。」
「分かっている。呼びに行かせる。」
「はい、分かりました。それでは、失礼します。」
ぺこり、と軽く頭を下げた後、未だ傍にいた食事係の家来に向けて、「ごめんね。」と謝り、コレットは部屋を出て行く。
「ハデス様、その……、も、申し訳、ございませんでした。」
「……いや。」
コレットが去った後、家来もハデスに頭を下げる。
「……私が、悪い。」
「は?」
目の前で首を傾げる家来に対し、それ以上の言葉を続けることができない。
ハデスの視線は、目の前で暖かな湯気をのぼらせる、スープへと向けられている。
「私が、悪いんだ。」
ニ度、繰り返された言葉に呼応するように、スープの表面に波紋が広がった。