気になる『花』があった。
目標とした花。
気高く咲き誇る美しい花。
だが、今は……
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「へぇ。これが兄上の探して欲しかった花かぁ~~。」
「そうなの。あの時はありがとう、ゼウス様。」
私の私室にて、ゼウスとコレットが賑やかに会話を交わしている。
その二人の間には、私が天界において美しいと思っていた花の絵が置かれていた。
「それにしても、コレットは絵がうまいねぇ。」
「ふふふ、そうでしょう!!本当は、花びらでも落ちていたらお土産にしたかったんだけど…。」
「よい。お前のおかげで、私も見ることができたし。」
「でも、もう花は閉じていましたから。綺麗に咲いている姿を見てほしかったのになぁ……。」
「残念。」と眉を寄せつつ落ち込むコレットを見ていると。
フフフッとゼウスが楽しそうに笑う。
「大丈夫だよ、コレット。」
「?え?どうして?ゼウス様。」
「フフフ、フフフフフ………。」
とても嬉しそうに笑うゼウスの視線がこちらを向く。
その視線はどこか生温かく、見ていると少し苛立ちを感じた。
「ゼウス、気持ちが悪い。」
「えぇ!?兄上ヒドイ!!」
「ガ―ン…」と絶望の表現を口で表す弟を無視して、コレットに向き直る。
「お前もいつまで冥府にいるつもりだ。」
「えぇ!?ハデス様、今日も私に優しくない!!」
こちらも「ガ―ン…」と絶望の表現を口で表してみせるコレット。
隣同士にならんで「ブーブー」と不平を口にする姿があまりに同調していて、ますますイライラする。
「……家来に送らせる。早く地上に帰れ。」
「帰りますよ~!!言われなくても、帰りますよ~~~!!」
ブーブー、と未だ不満を音で表し、眉間に皺を寄せ、頬を膨らませた不細工な表情を見せる少女。
その小柄な体で、大きな薬箱を「よいしょ~!」という気合の掛け声とともに背負う。
「おい、コレット。花の絵を忘れているぞ。」
「あ、それはハデス様に差し上げます。」
薬箱を背負い、「手を煩わせよって、コレットめ!!」などと文句を言う家来と口喧嘩を繰り広げていたコレットに声をかけると、先ほどの不機嫌な表情から一変した、明るい笑顔と声が返ってくる。
「私の家にも複写した同じ花の絵がありますし。私は本物も見ることができましたから。」
ふわり、と穏やかな笑みを浮かべるコレット。
「……………。」
「それじゃあ、また来ます。お仕事も大事ですけれど、ムリはなさらないでくださいね!」
返す言葉が浮かばずに立ちつくしていると、コレットはぺこりと頭を下げ、部屋を出て行く。
「じゃあガイコツ、行くわよ!!」
「うるさいわい!!年頃の娘のくせになんたるガサツさ!!」
「うっさい、ガイコツ!!地上ではね、患者が待っているのよ!!」
賑やかな声を残しながら、去って行く足音。
すっかりと、聞き慣れてしまったコレットの声を聞きながら、少女の置いて行った花の絵を見る。
天界にある頃に見ていた、美しい黄色のスイセン。
あれほど美しいと思ったその花を、見たいと思ったのは事実。
……だが。今は……
「兄上。この紙に描かれた花は、冥府では生きていけないね。」
「そうだな。」
見つめていた花の絵。その紙を、そっとゼウスが拾いあげる。
「でも、兄上。この絵をくれた『花』は枯れないよ。」
「……………。」
「きっと、冥府でも生きていける。」
手にした黄色のスイセンの花の絵。それを私に差し出して、ゼウスはにこりと笑ってみせる。