今日も冥府は賑やかだ。
「やっほい、カロン!」
「お~~、コレット。往診かい?」
「そう。カロンは調子悪いところはない?」
「ないない。至って健康。」
「そっか。でも、油断は禁物だからね?調子悪かったらいつでも言いなさいよ!!」
「了解~~~。」
船着き場の横を、小さな箪笥のような薬箱を背負った少女が通るようになって。
どれほどの月日が流れただろう?
「むっ!?コレット、また来よったか!!」
「そりゃ来るわよ。私は冥府の薬師なのよ?」
「お前が来ると、うるさくて敵わんわ!!とっとと帰れ!!」
「なんですって、このガイコツ!!」
「なんじゃ、この小娘がっ!!」
従順な冥府の家来たちが、怒鳴るようになり。
「おや、コレット。今日も往診かのん?」
「そうなの、ハリー。そうそう、ハリー!!これね、この前行商人さんが持って来てくれた植物図鑑なんだけれど。ここの、この花!!綺麗な花だと思わない?」
「ほっほ~~!!ステキな色、形だのん!!」
「でしょ!?次のハデス様の衣装にどうかしら?」
「ステキだのん!!」
無口だった針子が、楽しそうに話をするようになった。
「……ケルベロス。」
「………………。」
「……そんなにじっと見ないでちょうだい。相変わらず立派な番犬よね、あなたたち。」
コレットは知らない。
3つの頭を持つ巨大な犬のしっぽは、ハデス様と…コレットを見た時にだけ、ブンブンと機嫌良く左右に揺れるのに。
そして……
「……コレットか。」
「ハデス様!!往診に参りました。お身体の具合はいかがですか?」
「問題ない。」
「あ、そうですか。……ねぇねぇ、そこのガイコツ。最近のハデス様の調子はどう?」
「っ!?」
「そうじゃの~~……。よくお眠りになっておられるようだし。お食事も残しておらんと食事係が言っておったぞ。」
「ふむふむ、そう。じゃあ本当に大丈夫なのね。よかったわ!!」
「……私は大丈夫だと言っただろう。」
「ふふんっ、ハデス様のお言葉だけでは信用なりませんからね。」
無表情のハデス様の顔が、不機嫌そうに歪み。
「……全く。お前はいつもうるさい。」
「まぁ失礼ですね。冥府が静かすぎるんですよ。」
ブーブー、と口をとがらせるコレットを呆れたような表情で見つめる。
そんな薬師の少女が隣に腰かけると、ハデス様はいつになく饒舌になる。
「静かすぎる冥府は嫌いか?」
「いいえ。ここはここで悪くないわよ。牢屋も一人部屋みたいで私、すごく好きだったわ。そうね、あの牢屋に後本棚でもついたら完璧じゃないかしら。」
「………。牢屋に閉じ込められて喜ぶ女はお前くらいだろうな。」
「あら、ハデス様も一度経験されては?よく眠れるわよ?」
「地面で眠れる女もお前くらいだ。」
「コレット、貴様!!冥府の王に牢屋に入れとは無礼千万じゃぁ!!」
「うるさいわね、ガイコツ!!」
「おぉ、コレット、来ていたのか。」
「あら、こんにちは。わぁ!すごい手紙の量ね!!それはハデス様宛?」
「そうじゃ。……ふむ。お主が来たならば、これは後でよいかの。そうそう、さっき料理担当の者がコレットに相談があると言っておったぞ。」
「分かったわ。」
「ならばここに呼んでこい。」
「えっ、しかし、ここはハデス様の私室ですし……。」
「構わん。いつものことだ。それに、コレットは目を離すと何をしでかすか分からんからな。」
「むっ!?何ですか、その子ども扱いは!!」
そして、いつも静かな王の私室は、賑やかな話声で溢れかえる。
「カロン、カロン!!」
「はいは~~い。何だい、コレット?」
「今度のハデス様のお出かけのプランを考えたいの。ヒヒヒヒヒ……。ワーカーホリック気味のハデス様でもぐうの音も出ないプランをたてるわよ……。ヒヒヒヒヒ……。」
「……。笑い声が完全に悪役だねぇ。まぁ、いいけどさ。」
ヒヒヒヒと悪人面で笑うコレットを、呆れたように見つめたハデス様は……。
けれど、次の瞬間に、ふわりと優しく微笑む。
「すまんな、カロン。お前にも苦労をかける。」
「いえいえ~~。勿体ないお言葉です。」
へこり、と頭を下げて。それからチラリとみた先には。
熱心に一日のハデス様の仕事の割り振りをしているコレットを、やっぱり優しく見つめるハデス様の姿がある。
……あぁ今日も。
冥府はとても賑やかだ。