吹き抜ける風は、少し熱を帯びるようになっていた。
マロニエの花が咲く季節には、風はまだ涼しさを感じるくらいであったのに、今は何もせずに座っているだけで汗ばみかけている。
美しい花が咲いた時、クオンの心はそれ以上の満開の花が咲いていた。
10年前。
清らかな河原で出会った、可愛らしくも聡明な、天使のような少女。
その少女が、美しく成長し、クオンに会いに来てくれる。
そう信じて疑ったことはなかった。
だが、それから3カ月経っても会う事は叶わず。
そればかりか、すれ違いになってしまい、会う事を阻害されてしまうことにまでなってしまった。
「………はぁ………。」
口を吐いて出てくるのは、深い溜息。
クオンが望んでいたことは、ささやかなモノのはずだった。
何でも手に入る身分に立つことは、すでに決定事項だった。
それでも、クオンが心の底から願ったのは、たったひとつだった。
だが、それさえも、得る身分からすれば『ささやかなモノ』のはずだ。
―――たった一人の、女の子―――
どれだけ手塩にかけ、蝶よ、花よと育てられた令嬢であったとしても。
王太子が望めばその親は、一もニもなく喜んで差し出してくれただろう。
『舞踏会で見初めた』、『王族への拝謁の際に心奪われた』……
偽りの『きっかけ』は、いくらでも浮かべることができる。
出会う事さえできれば、どれほど無垢なる花であろうとも、手折ることは容易い。
それなのに。
その後、社交の場にデビューをしてもおかしくない年齢に達しても、唯一求めた少女はクオンの前に現れることはなく。
痺れを切らしかける頃、家庭の事情を知り、それならばと秘密裏に会い、彼女を守りながら、無垢なる乙女の全てを奪うことを画策しても、すれ違い。
その結果、敵に回してはならない者達を敵に回してしまった。
これは神の試練か、悪戯か……。
「…………。はぁ……………。」
口から突いて出るものは、溜息ばかり。
……神の試練にしても、悪戯にしても。
山積する執務。
毎日のように柔和な笑みを浮かべながら嫌味を言いに来る宰相。
クオンの身を案じながらも発狂しかけている相棒。
キョーコの居場所を問うても「知らぬ、存ぜぬ」を通す王太子宮に仕える面々。
………これはさすがにクオンに分が悪いのではないだろうか………