「あの親バカ親父に対して、どうして最上さんはあんなに大らかな対応ができるんでしょう……。」
「そりゃあお前。お父さんのことが大好きだからだろうが。あ、言っておくが、父親として好きだってことだぞ?」
「俺だったら、ちょっと鬱陶しいなと思いますけどね。幼い頃ならいざ知らず、それなりに自分の考え方が確立してきた時には、親はちょっと煙たい存在ですよ。」
「あ~~~~…。まぁ、俺も覚えがあるからさ~~~……。その発想、否定はしないけれど……。」
憮然とした表情のまま、思春期の青少年の青臭い感情を吐露する蓮に、社も過去を振り返りながらボリボリと頬をかく。
「でもさ、キョーコちゃんの場合は特殊だって。……俺なんかより、お前のほうが詳しいんだろうけれど。幼い頃、色々苦労していたんだろう?」
「……………。……それは、そう、ですけれど…………。」
蓮の不機嫌そうな表情と、少し納得しかねるような響きを持つ声に、社は思わず苦笑してしまう。
どのように聞きだしたのかは分からないが、担当俳優は愛しい少女の家庭環境をかなり詳細に理解しているようだった。社が知っている限りにおいても、複雑でおよそ10代の少女には受け入れがたい環境を知った上で、このような子どものような反応をしてみせる蓮の様子は、可愛らしくて仕方がない。
要は。
彼は嫉妬しているのだ。
少女に無条件に受け入れられ、可愛らしい笑顔を独占している彼女の『父』が羨ましすぎて。
「それにしても。お前も人の子だったんだなぁ~~。」
「……何です、突然。」
「いや、なんかさ。蓮の親って、想像つかないからな。」
社が初めて会った時は、まだ彼は10代だった。
だが、彼は、ほの暗い重い何かを背負い込んだような表情をしながらも、すでに『敦賀蓮』だったのだ。
大人びた容姿通りの『大人』としての発言や振舞いを身につけており、穏やかで紳士的な態度が崩れることは一度としてなかった。
今のように、理不尽すぎる嫉妬に囚われるような人間だとは思いもよらなかったのだ。
だからこそ、彼も人の子であり、子ども時代というものがあったことが想像つかなかった。
「お前も人から生まれてきて、ちゃんと子どもだった頃があるんだなぁ。想像できないけれど。」
「……当たり前でしょう?俺にもちゃんと両親がいますし、子ども時代もあります。」
呆れたような表情を浮かべる蓮。
その雰囲気が、テレビを見て不機嫌になっていたものから普段のものに変わりつつあることを見てとって、社はこっそりとテレビの電源を切った。
このままうまく話を切り替えれば、恐らく次の仕事に支障がでないだろう。
「へぇ?じゃあさ。お前にも反抗期みたいなのはあったのか?」
「……反抗期…。」
「そうそう。親のことが本当に鬱陶しくて仕方がなくなったり、存在自体が邪魔だと思うようになったりさ。」
それは成長における大事なステップのひとつだが、この時の親の気持ちを思うといたたまれない。
主に父親に対して傷つけるような言動を何度か繰り返した覚えがある社としては、その今となっては青臭い過去を蓮のような男さえもが持っているのだと思うと純粋な興味さえあった。
これまでの気まずい雰囲気を払拭する意味と、単純な興味ゆえに尋ねた質問、だったのだが……。
「えぇ、そうですね。邪魔だと思っていますよ。たった今。」
「えぇ!!??」
社が想像していたのは、芸能界に入る前、厳格(想像上だが)な父親に食ってかかる蓮の姿。(あくまで社の想像上)良家のお坊ちゃんだった蓮が、男親に反抗し、イニシャルがD的な感じの無茶をしたり、反対を押し切って芸能界などという世界に身を投じたりなどなどしてきた、青い春の日々を、思い返してほしかったのだ。
そしてついでに今まさに沈みかけていた気持ちを浮上させて、仕事に支障のない穏やかさを取り戻してほしかったのだ。
それなのに……!!
「チッ、本当、父親ってやつは面倒で厄介な存在だよな……。」
「れ、れれれ、蓮君、蓮君、舌打ち、お下品!!」
何を間違ったのか、突然蓮は父親への反抗を『今』まさに始めようとしているのだ。
イイ大人になったんだから、今更反抗期になるな、とか。
一人暮らしで自立しているくせに、一体どこの親に向かって反抗しているのか、とか。
これだけ自由にさせてもらって、その上成功しているくせに何が不満なのか、とか。
色々突っ込んでやりたいことは山とある。
あるのだが、しかし。
「とりあえず、お前!!その極悪人…というか、闇の国の住人の表情と態度をどうにかしろ~~~!!」
優秀なるマネージャーは、『敦賀蓮』としてはNGな担当俳優を改めるべく、切実な願いを叫ぶのだった。