「そうですね。キョーコお嬢様は、ひ弱な令嬢ではございません。我らがタカラダ一族がお味方するお方。我らの主として相応しいお方です。」
「おぉ。来たか。」
「!!コウキさん!!」
ぽつり、と一人ごとのように零した言葉を、遥か遠く離れた場所から正確に聞きとって。
コツリ、コツリと優雅な足音をたてながら入室してくる者がいる。
多くの衛兵に敬礼をされながら歩む姿には、威厳がある。
優しげな笑みを浮かべるその黒い瞳には、確かな知性を感じた。
王よりは年若いその姿は、30代に入って間もない頃であろうか?
キョーコの前では、いつも平民の青年のような服装で人の良さそうな笑みを浮かべている、少し頼りなさそうな男性だった彼は。
国を背負って立つ、優秀なる王の右腕として充分な迫力を持って、キョーコの前に現れた。
「お久しぶりです、キョーコお嬢様。我らが真の主よ。」
「………おいおい、私を前にして、そういう事を言うか?」
「当然でしょう?我らタカラダの主はキョーコ様ただお一人。貴方でもなければ、貴方の愚かなる息子でもありません。」
王とキョーコ、そしてその二人の後ろに料理長が立つ階上に向けて、コウキは膝を折り、深々と頭を下げた。
ただし、その礼の先にある人物は、王ではなくキョーコのみ。
「キョーコ様。父より緊急の連絡が入りました。間もなく、王太子殿下がこちらにお戻りになられるそうです。」
「……そうか。では、クオンの姫君とやらを連れて、ここに戻るという事だな?」
「…………。」
コウキの言葉に反応したのは、王であった。キョーコは静かに俯き、下唇をかみしめる。
その様子を、隣に立つ王はちらりと見つめ、軽く溜息を吐いた後、首を横に振った。
「いいえ。」
だが、王の言葉は、即座にコウキによって否定される。
「王太子殿下は、姫君に会う事が叶わなかったようです。偶然にも、姫君は『とある場所』へ赴いていましたので。」
「……『とある場所』?」
「えぇ、私には忌むべき場所ですが。そちらで、楽しくお過ごしのようでございます。あの様子ですと、王太子殿下など必要ないように思われますね。」
「……ということは。クオンは、誰も連れて帰ってこないということか?」
「その通りでございます。」
「何をしておるのだ、あいつは!!」
「全くその通りでございます。この多忙を極める日々の中、やっと時間を工面したというのに、成果を上げずに戻って来る体たらく。王太子としての資質以前の問題ではないかと思いますよ?」
にこりと笑い、辛辣な言葉を吐くコウキ。
キョーコには、優しい声音と楽しい話ししか語ったことのないその声と語る言葉は、全てが凍てつき、鋭い刃物に変化していた。
「キョーコお嬢様。」
「あ……は、はいっ!!」
そんな男が、とても優しい声―――キョーコにとっては普段のコウキの声―――で呼びかける。
「姫君を連れ帰ることが叶わなかった王太子は、今後、貴女様を必死になって探されることでしょう。」
「……え?ど、どうして……?」
「どうやら、我が父にしては珍しくも大変なるヘマをしてしまったようでして。もう若くはないですからね。多少の過ちはお許しください。」
「ふぅ。」と大業な溜息をつき、コウキは『事の真相』を語り始めた。
「目当ての姫君を探す王太子御一行に、『たまたま』父とチオリが出会ってしまったようなのですよ。」
「ローリィと、チオリが?」
「えぇ。どうやら姫君は私どもの領土の近くに住む女性のようでしてね?王太子とは『全く』気付くことなく、父とチオリは会話を交わしてしまったそうなのです。その中で、我がタカラダ家の秘密を『うっかり』と彼が連れていた者達に気付かれてしまったようでして。」
「同行者は、ヤシロにセイジにウシオだったか……。気付いたとしたらセイジかウシオだな。」
「その通りです。そのため、姫君を見つけることが叶わなかった王太子は、キョーコお嬢様に縋ろうとされるでしょう。あなた様さえいれば、あの王太子の愛しき姫君を見つけることは即叶うことになりますから。」
「……そう。ならば、ローリィやコウキさんは、王太子殿下の探しておられる姫君が誰なのかを知っているのね?」
「はい。」
「そして、彼女がどこにいるのかも、分かっているということなのね。」
「はい。」
うやうやしく頭を下げたまま、コウキはキョーコから与えられる確信を持った質問に『是』と応える。
「私でよければ、王太子殿下にお力をお貸ししたいと思っているところだけれど…そのことは、コウキさんやローリィに、負担を強いることになるのかしら?」
「えぇ。多大なる労力を必要といたします。できますれば、王太子には自力で姫君を探していただきたいというのが本音でございます。」
「そう…。」
「それに、ご自身でお探しにならなければ意味のないことでございましょう。キョーコお嬢様の力を使ったとなれば、それこそお嬢様のお力を世に知らしめるだけのこと。王太子ご自身の力量をおとしめることにつながりましょう。」
「……そうね……。」
クオンの力になれるのならば、手を貸したい。
だが、クオンが必要としているのは、『キョーコ』個人が持つ力ではなく、『タカラダ家』の力。
今まで知らずにいた、キョーコを支え続ける強大な力を持つ一族。
その存在を知った今、無闇に彼らの力を使うつもりは、キョーコにはない。
そしてその力を使う事で、今まで築き上げてきた、クオンの王太子たる実績を潰させるわけにはいかないのだ。