「ん?あ、そうだった、そうだった。君もいたんだな、敦賀君。」
それゆえに、蓮は大声で、親子にしてはスキンシップ過多じゃなかろうかと思うラブラブ男女を止めにかかったのである。
すると、ハリウッド・スターは敵意溢れる瞳の若者を前に、余裕の笑みを向けながら今更その存在に気付いたような表情を取りつくろってみせたのだ。
「……先ほど、俺の名前も呼んでくださいましたよね?」
「そうだったかな?ん?そういえば、私は君からあいさつを受けていないような気がするんだが、気のせいかな?」
「っ!!!!」
芸能界は縦社会。実力もさることながら、芸歴だって尊ばれなければならない。しかも、相手は確実に芸歴だけではなく実績も遥か上を行く人なのだ。
「……。お久しぶりです、ミスターヒズリ。」
「久しぶりだ、敦賀君。活躍は聞いているよ、ボスからね。あぁ、そうそう、ダークムーンでは我々が立てた視聴率を塗り替えてくれたそうじゃないか。それから新たな仕事が増えていると言う話も聞いている。実に素晴らしい活躍だな。」
「ありがとうございます。」
にこにこと、笑いながら褒め称えてくれる言葉は、純粋な賛辞なのだ。
だが、その彼は未だに栗色の髪の乙女の髪を優しく梳いている。
愛しい少女を猫可愛がりながら褒められても、全然嬉しくない。
というより。
―――その手を止めろ。今すぐ手を離せ。っていうか、既婚者のくせに何を10代少女のサラサラ髪とプチツル肌を愛でていやがるんだ、この変態オヤジが……!!―――
という、とんでもない罵詈雑言が脳内でぶちまけられている。
汚い日本語はあまり覚えていなかったのだが、つい最近、『トラジック・マーカー』で村雨泰平がたくさん教えてくれた。
今の蓮なら日本語で、汚く罵ることも可能である。
「っ。ところで、ミスター。」
「何だい、敦賀君?」
「今回の帰国はどういったご用件で?特に最近は、番宣するような映画を撮られたということも伺っていませんでしたが。」
「あぁ、別に仕事じゃないよ。」
「…………。はっ?」
「まとまった休暇ができたから、遊びに来た☆」
―――語尾に『☆』付けても可愛くないんだよ、この中年オヤジがよ~~~~~っ!!―――
蓮の体内では、プチ村雨と化した蓮の分身が「ぅお~~~~~~!!」と暴れまくっている。
だが、そこは『敦賀蓮』。
表面上は取り繕っていなくてはいけない。なんといっても、『彼』は温厚紳士なわけだから。
「まとまった休暇って……。どのくらいのお休みが取れたんですか?」
「ん?一ヶ月くらいだな。」
「いっ、一ヶ月!!??」
「あぁ、その間は日本にいるつもりだ。キョーコも、仕事はあるだろうが、学校は夏休みに入るんだろう?」
「あ、はい!!そうですね!!夏休みです!!」
「だったら、オフの日はパパとデートをしようじゃないか!!どうする、海に行くか、山でキャンプをするか?どこでも連れて行ってやるぞ!!」
「~~~~~っ。ちょっと待ってください、ミスター。」
「あぁ、何なら旅行なんてどうだ?親子で水入らずの旅行!!楽しそうだろう!?」
―――いや、待て。本当に待て。全く血の繋がっていない親しい男女が二人っきりで旅行ってなんですか!?それは楽しいんですか!?楽しいんですか!!??―――
むろん、蓮はキョーコとであれば楽しい。楽しすぎて多分、紙縒りの理性が引き千切れて、過ちの1つや2つは犯す自信がある。というか、過ちを犯しに行く気満々になる。
それは仕方がない。男の性だ。
だが、目の前の男に関しては、そんな過ちをひとつでも起こそうものなら、蓮は刃物を持ち出して暴れる自信がある。
そして、そんな蓮を必死になって止める社と珍しい事に本気で動揺するローリィの姿まで想像できる。
「家族旅行ですか!!??す、ステキですね!!」
「そうだろう、ステキだろう。楽しそうだろう?」
「はい!!とても楽しそうです!!」
だが、そんな犯罪沙汰になりそうな事象に対して、キョーコはなんと、嬉しそうに満面の笑顔を浮かべてみせるのだ。
「も、最上さ…「そうと決まれば、よし、今からタレントセクションに行くぞ!!」」
「え?ど、どうしてですか?」
「決まっているだろう。可愛いキョーコの予定を確認しに行くんだ!!ついでに私の可愛い娘と一緒に事務所内をうろつきまくって、お前の可愛らしさを皆にアピールして回るぞ!!」
「ふっふぇぇぇぇっ!!??」
「ちょっ、ミスター、待「さぁ、行くぞ!!キョーコ!!」」
「ふぃえ!?」
嬉々とした表情を浮かべた、中年と呼ぶには若々しい男は、蓮の呼びとめの声をきれいさっぱり無視して、未だ座りこむキョーコをひょいと抱えあげると、「は~~~はっはっは!!」と豪快に笑いながらラブミー部を出て行ったのだ。
「っっっっっっちょっと待てや、クソ親父~~~~~~~~!!!!」
その後、LME事務所のラブミー部室からは。
憎しみと怒りで満ち満ちた、しかし美しいテノールの声が、汚らしい日本語を連発していた。